2010年12月

宮崎学である。

 まずは12月28日の午後に入ってきたニュースから。
 小沢一郎さんが来年の通常国会の政治倫理審査会に出席する意思を表明したというものだ。
これについて「これで民主党内の混乱が収まり、菅政権が続く」などと論評する「ジャーナリスト」もおるようだが、そんなことはない。小沢さんは今までの主張をわかりやすく繰り返しただけである。
 この「ジャーナリスト」氏の見解とは逆に、党内の亀裂はますます深くなるだろう。
その理由は、反小沢三派連合が「ポピュリズム」を党内対立抗争に持ち込んで民主党内の対立構造を激化させたことにある。これで、党内自治が壊れてしまったのだ。この手法は、小泉の郵政民営化時の守旧派批判と同質のもので、その根底にあるのは新自由主義的な思想である。

 前置きが長くなってしまった。今回は検察とメディアの問題を考えてみたい。新検事総長関係で新聞をチェックしてみた。なぜか今回は毎日新聞が異常なまでに好意的である。

ひと:笠間治雄さん 第26代検事総長に就任
2010年12月28日 0時27分 毎日
検事任官から36年余。法務省での勤務経験は一度もなく、現場一筋で歩んできた。東京地検特捜部の在籍は計12年。部長在任中は、KSD事件の村上正邦元労相を含めて計4人の国会議員や元議員を汚職や詐欺で起訴し、永田町から恐れられた。
だが、素顔は決してこわもてではない。高齢の政治家を汚職で逮捕した事件では、勾留期限を待たず、8月10日に起訴して捜査を終結させた。「お盆前に家に帰してあげたかった」。反省の態度を示した被告への配慮だった。「末端の部下一人一人の意見をよく聞き、上司にも物が言える」と、苦楽をともにした後輩たちの信頼も厚い。総長以外の検事の定年は63歳。来月2日の誕生日で検察庁を「卒業」するはずだった。「悠々自適に暮らします」。師走に入ると、送別会であいさつし、知人には「特捜部改革ができなかったのが心残り」と淡々と語っていた。
「君が適任だ」。郵便不正事件と証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)事件を受け、辞任を決意した前任総長から後継指名された。その姿は、ロッキード事件の主任検事を務めた吉永祐介元総長と重なる。5億円の闇献金を受領した金丸信・元自民党副総裁を罰金で済ませて検察が非難を浴びた際、信頼回復の「切り札」として登用された。
「現場に何ができるか、しっかり考えたい」。図らずも火中のクリを拾う形になった「たたき上げ」の総長に、検察の命運がかかる。【三木幸治】
【略歴】かさま・はるお 愛知県出身。中央大卒。趣味は写真。印象に残っている本は、旧日本軍が敗れた原因を分析した「失敗の本質」。62歳。


 あと郷原信郎弁護士がツイッターで笠間についてつぶやいているので、参考までに主要部分をピックアップしておくが、詳しくは
http://twitter.com/#!/nobuogohara を参照のこと。

2010-12-16 22:16:18 総長辞任は当然、遅すぎたぐらいです。これで、笠間検事総長が実現するのはうれしい限りです。笠間氏が最高検にいれば、昨年以来の東京特捜の暴走もなかったはずです。検察再生に向けての貴重な一歩です
2010-12-17 05:56:05  24日に公表される最高検検証結果が厳しく批判されることは必至、それで責任を追及されて辞任に追い込まれるより、先に辞意を表明する方がましとの判断では?

2010-12-17 06:56:35確かに個人的な思い入れもあります。私が長崎地検次席検事から東京地検に異動になり、公判部ヒラ検事で干されている時、唯一人、私を支援してくれたの笠間さんでした。その後、私が、経済刑法、コンプライアンス等の研究の道に転じ、今の私があるのも笠間さんのおかげです。
確かに、表面的に見ると、特捜検察の構造を正していかなければならないのに、特捜部長出身の笠間氏が検事総長になる、ということに違和感があるかも知れません。
しかし、私は、今の検察の最大の癌は、最近の検察の暴走を止められなかったどころかそれを主導してきた関東軍的な一部の検察幹部だと思っています。関東軍が司法メディアと結託し歯止めが利かなくなったのは、笠間氏が2年余り前に最高検次長から広島高検検事長に異動した後です。笠間氏が最高検の中枢にいてくれたら、ここまで状況が悪化することはなかったと思います。まずは、そういう関東軍的暴走の芽をつむことが先決です。戦前の日本の関東軍の暴走も、軍の中枢に事態を客観化できる良識のある人間がいれば止められたかもしれません。
今後を検察組織を抜本的改革していかなければならないと思いますが、それに対して立ちはだかるとすれば、検察組織内の関東軍だと思います。特捜検察の構造的問題についても、笠間氏は、自らの体験を踏まえて、客観的にとらえることができる人だと思います。


ちなみに郷原弁護士は、ワシがアップした村上正邦氏「司法・検察の抜本的改革の実現をめざすために」

について

そういう批判はあり得ると思います。しかし、まず必要なのは最近の「暴走検察」を正常化すること、そういう意味では、特捜検察での経験を有し、なおかつ、適切な判断力を持っている人が特捜検察を含めた検察の総責任者として適任です、その上で、検察組織の構造的な問題を明らかにし、抜本改革をめざしていくことが必要になりますが、それは、検察内部だけでは無理です。まさに検察の在り方検討会議での議論を深めていくことが必要です。笠間氏が検事総長に就任することがベストかどうかはわかりませんが、少なくとも現場経験が乏しい法務官僚よりはベターだと思います。


と書いている。
 もう一つ、こんなのもあった。日歯連事件でも死人が出ておったのだ。

吉田前議員の第二秘書自殺 日歯連事件で東京地検の聴取受ける
2004.03.02 東京朝刊 39頁 (全424字)  読売
日本歯科医師会(日歯)の政治団体「日本歯科医師連盟」(日歯連)の政治資金規正法違反事件に関連し、東京地検特捜部に事情聴取を受けた吉田幸弘前衆院議員(愛知三区、昨年の総選挙で落選)の公設第二秘書だった夫馬(ふま)嘉彦さん(29)が、東京都内の自宅で自殺していたことが一日、分かった。
知人から連絡を受けた警視庁代々木署員が先月二十九日午前二時ごろ、渋谷区代々木四の自宅を訪れ、首をつって死んでいる夫馬さんを発見した。玄関は施錠され、遺書があったという。検視結果などから、死亡したのは同二十七日午前十時ごろとみられている。
東京地検などによると、夫馬さんは同二十六日、吉田前議員の他の公設秘書経験者らとともに、事情聴取を受けた。それ以前にも聴取を受けており、この日は午後一時半ごろから夕食をはさんで同九時半ごろまで行われたが、特に変わった様子はなかったという。二十七日も聴取予定だった。同地検の笠間治雄次席検事の話「謹んでご冥福(めいふく)をお祈りします」


 死亡記事はともかく一連の新聞記事は、いったい何なのであろうか。
 私は文章を書くことを生業とすることになってから、とりわけ表現の自由には神経質になっている。そして、当たり前のことであるが、「表現の自由」の根底には「取材の自由」があると考えるに至った。
 その視点から見ると、これらの記事は「自由なる取材」によるものではない。笠間新総長様に対して“新聞的な”エールを送ったに過ぎない駄文である。その思惑は、今後の検察への取材がやりにくくなることを回避しようとするもので、それは「自由な取材」を放棄することを宣言したものである。
「自由な取材」という立場を取るのであれば、たとえば日歯連事件の際に不起訴や処分保留にした政治家についても言及すべきであろうし、村上正邦さんのKSD事件については特捜部の「虚構のストーリーありき」による捜査手法の有無を追求すべきである。

 先日紹介した村上正邦さんの「司法・検察の抜本的改革の実現をめざすために」の一文を改めて引いておく。

笠間氏の検事総長就任人事を報ずる新聞各紙は、笠間氏は特捜検察の経験が長く、東京地検特捜部長として辣腕をふるい、4人もの政治家を逮捕したことを「実績」として高く評価している。

しかし、この「実績」に問題があるのだ。笠間氏自身が、いま国民の批判に晒されている特捜検察の捜査手法を駆使し、ストーリーありきで幾多の事件を作り上げてきた中心的存在の人物なのではないか。

いま我が国の検察が直面しているのは、今回の大阪地検特捜部の「事件」が何故起きたのか、そしてその根本にある「検察文化」とは一体、如何なるものだったのかを、自ら真摯に問うことである。

あわせて、笠間氏が指揮をとった全ての「事件」の検証があってしかるべきことは、論をまたない。


 27日に引責辞任した大林宏前総長と笠間新総長の「差」にメディアが強調するようなものなどない。私の友人がよく使う「ウン○味のカレー」と「カレー味のウン○」くらいのもんである。
メディアはことさらに「新総長様の現場の経験の長さ」を評価しているが、その現場こそ「大阪地検特捜部の証拠捏造」を生んでいたところではないのか。
私に引きつけて言うと、このメディアの「ゴマすり構図」というのは、実話雑誌がヤクザを批判しにくいことと同じように思える。その批判しにくい構図の中にあっても表現を工夫し、時にはリスクを覚悟して表現していくべきだと考える。
こんなレベルのメディアから情報を与えられるこの国の国民は不幸である。

宮崎学である。

世間は28日で御用納めである。ワシはまだまだ納めきれんのだが、この際だから更新もがんばってみようと思う。

この間、ワシはずっと刑事事件の「被害者」と「加害者」の概念について考えている。
例えば小さな子どもが殺されて、その家族が嘆き悲しんで、犯人はものすごく悪いヤツ……というのが従来型の「被害者」と「加害者」のイメージだと思う。だが、国内の殺人事件は、1955年をピークに減り続けていて、こういうパターンは実は少ないのである。この凶悪事件の減少については龍谷大学の浜井浩一さんの『犯罪統計入門』(日本評論社)や『犯罪不安社会』(光文社新書)に詳しい。

この従来型のパターンと違って最近目立ってきているのが、鈴木宗男さんの事件に見られる「被害者」と「加害者」そして「共犯者」の関係である。
つまり「共犯者」が最初に「悪い人」にされるのだ。

まず検察が「鈴木さんに贈賄したとされる業者」を引っ張り、「オマエは逮捕しないから、贈賄を認めろ」と迫ったのだ。詳しい経緯は鈴木さんの『汚名』(講談社)などに書いてある。
小沢一郎さんと水谷建設の関係もまったく同じ構図である。

そもそも密室で一対一になったら、たいていの人間はもうそこから逃げ出したい一心で、やってもいないことを認めてしまうそうである。人とは弱いものなのだ。

また、自分だけはがんばるつもりでも「ウチで正月を迎えたいやろ?」とか「孫はこの件でいじめられてるらしいな」とか家族を巻き込まれてしまうと、どうしても負けてしまう。

つい先日、恐喝事件の控訴審で有罪になった中国地方の某組織の親分の場合もまったく同じであった。県警は、まず組織の威光をカサに成長した地元業者を恐喝容疑でパクり、「お前の件は執行猶予にしたるから」と、親分に関する虚偽の供述を迫ったのである。業者は最初こそ認めなかったが、逮捕を繰り返されるうちに根負けしてしまい、とうとう世話になった組織の親分を売ってしまったというわけだ。

これは、日本では認められていない「司法取引」である。

「オマエのこの件は握ってやるから、あの件を認めろ」という、アメリカの映画やドラマではおなじみの手法である。実際には日本でも珍しいことではなくて、マル暴刑事がヤクザに「シャブは免責してやるから、拳銃を出せ。自首減免も適用してやる」とか言ったのがバレて、たまに問題になる。問題にならずに水面下で処理されているほうが多いことは、述べるまでもないことである。

そういえば、09年の政権交代の際に就任した国家公安委員長が取り調べの全面可視化の“補填措置”として、「今後は司法取引の導入やおとり捜査の適用拡大もアリ」と発言して問題になった。当時興味深いと思ったのは、以下の産経新聞の記事(09年9月18日付け)である。

「当局幹部は司法取引について、『すでに特捜検察の捜査では、犯罪の解明に役立つ供述をした容疑者について情状面をくむなど実質的な司法取引がある』と指摘。おとり捜査も『可視化で損なわれる捜査力の補填になるとはいえない』と話す」
このように、「当局幹部」は、当然のこととして司法取引を認めているのだ。今でこそ例の大阪地検特捜のせいで検察捜査における「虚構のストーリーづくり」が問題になっているが、司法取引があるからストーリーが維持できたのだ。
このからくりは、実はメディアもヤクザもみんなわかっていた。もちろん、一番わかっているのは裁判所そのものである。


  • 裁判所が検察からの捜索令状や逮捕状の請求にホイホイ応じる

  • メディアがリーク情報を真に受けて大騒ぎする(バッシングがキャンペーン的に行われる)

  • 不起訴や無罪になっても、誰も責任を取らない

  • 虚構のストーリーのターゲットはやってもいないことで人生の多くの部分をムダにされる



というステレオタイプの構図がずっと続いてきたのである。これが続いた理由は、この国の国民はメディアが発信する「勧善懲悪型のストーリー」が好きだし、メディアは取材のコストダウンとリスクヘッジを考えて権力に擦り寄って生きていることなどによる。利益の共有体なのである。
現在、猛烈な勢いで進んでいる山口組や二次団体の弘道会への取締まりにも同じことが言える。ひと昔前にはヤクザはやったことを認めることもあったのだ。今はあまりにもむちゃくちゃな逮捕が続いており、ヤクザだって抵抗するということは前回書いたとおりである。

これからは、改めて司法とメディアのあり方を見直さなくてはならない時期に来ている。

宮崎学である。

年末になって、にわかに俺の周辺が騒がしくなったり、寂しくなったりしてきた。
この年の瀬に来て、鈴木宗男さんが収監されたうえ、旧知のヤクザたちが言いがかりのような「犯罪事実」で次から次へと逮捕されている。そうだ、「犯罪」といえば『犯罪季評』(別役実氏との共著・朝日文庫)などを書いた朝倉喬司が旅立った。朝ヤンとは週刊現代記者時代からの知り合いだから、古い友人である。改めて冥福を祈る。

さて、こういう事態になると、どうもワシの頭は冴えてくるようだ。なんちうか身体の奥から漲るものを感じるな。もともと知恵などはないのだが、湧いてくるものは確かにある。結局はこれはワシの性(サガ)なのであろう。
一年のうち、こういう時が何回かあるので、ワシがここまで生きてこられたのとちがうかな。

では、本題である。
「今年」とは、なんだったのかね。
今の、この社会の空気とは何なのか。
「今度こそヤクザを徹底的につぶす! ヤクザ組織を壊滅させる!」
騒がしさの“後ろ”の方から、こんな号令が聞こえてくるな。
そんな号令が聞こえたら、ワシだっていろいろ気の向くままに書いてみたくなる。

そもそも最近の暴力団排除の動きは、09年秋の全国警察本部長会議の席で就任間もない警察長官殿が訓示を垂れた時から始まっている。
「各位にあっては、社会からの暴力団排除の気運を更に高めるべく、地域住民や自治体、関係機関・業界等との連携を一層強化し、社会が一体となった取組みの充実と徹底を図り、暴力団の孤立化を推進されたいのであります」
この長官殿のありがたいお言葉で、今もヤクザ撲滅作戦が繰り広げられている。ワシのふるさと京都やその関係者にもいろいろと手が伸びている。

ヤクザなら微罪でも冤罪でもOKのようで、どえらい剣幕であるが、今年の12月10日付けの朝日新聞がちょっといい記事を書いていた。
全国の警察が逮捕した「直参」は3日現在、複数回逮捕も含めた延べ人数で山口組が28人、弘道会が11人。だが、9月末までの逮捕者延べ32人の処分をみると、起訴して刑事裁判に持ち込めたのは10人にとどまり、罰金で済む略式起訴が5人、17人が不起訴という結果だった。
今年6月、大阪府警と北海道警は、無免許で宅地建物取引業を営んだとして「直参」4人を宅建業法違反容疑で逮捕した。山口組総本部の土地は100区画以上に分割されており、「直参に昇格すれば土地を買い、引退すれば売る」という独特の慣習をとらえた。しかし、結果は1人が略式起訴・略式命令(罰金100万円)、他の3人は「関与の度合いが薄い」として不起訴(起訴猶予)になった。起訴できなかったものは、こうした「形式犯」のような事案が目立つ。
「長期の実刑判決が確実な事件を挙げていかねばならないが……」。ある警察幹部は唇をかむ。

惨敗であるな。敵ながら気の毒に思えてくる。
まあ、以前は重要なのはあくまでも逮捕であって、「○○組長をパクりました」と報道されればいいという雰囲気はあった。パクった時に大きく報道して拍手喝されれば、その後に起訴猶予になろうが判決で無罪になろうが、そんなものは報道しなければいいんやからね。実際に、大物ヤクザと上場企業の社長がパクられた時も、「黒い交際」がどうしたこうしたとハデに報道しとったしな。この件で二人とも無罪になったことは、こっそりベタ記事扱いである。
これはメディアの問題でもあるが、それにしても最近は起訴猶予や不起訴が多すぎる、ということなんやね。野球の打率ならともかく幹部クラスの起訴率が三分の一とは、これはいくらなんでも低すぎるよなあ。
それに対して警察や検察の不祥事は多すぎる。
とはいえ、暴排とは不祥事を糊塗するためというわけでもなかろう。あくまでも予算獲得の方便といわれてもしかたがないことだ。「ヤクザを取り締まりましょう」という掛け声には誰も反対しないからね。
このあたりは発売中の『続・突破者』(同時代社)と来年早々発売の新刊『暴力団追放を疑え』(筑摩文庫)に詳しく書いておいた。

では、何故こんなに起訴率が低いのかという問題がある。
ひとつには逮捕された連中の抵抗があると思う。かつてのヤクザたちは裏街道を歩く者として独特の論理を持ち、お上には逆らわず、罪はすべて認めていた。親分や兄貴分の罪をかぶることだって普通だった。
しかし、最近のあまりにもむちゃくちゃな捜査や厳罰化にはヤクザだって自然発生的に争うようになったのだ。
抵抗すれば、「絵空事」の起訴率の高さを崩せるという見本をヤクザがやって見せているのだ。これはこれでいいことである。

「何でもアリ」


ワシにとってはいつものことだが、相変わらず景気が悪いな。正月が来るというのに、社会が冷え冷えとした状況になっている。
その中で、「ヤクザ撲滅」を唱える警察と、「小沢一郎追放」を唱える民主党内三派連合の動きだけがヒートアップしている。
共通のキーワードは「何でもアリ」だ。警察の何でもアリは、筑摩文庫に書いたので、ここでは民主党内の反小沢三派連合について述べておく。
彼らは、党内の矛盾を「主要矛盾」と位置づけ、党内闘争を官僚やメディアと合作することで小沢を除名できれば自らの政権が延命できると妄想している。
この政治手法は、最近では小泉の手法に顕著であった。これについてはJR系の御用雑誌『WEDGE』(10年10月号)で京都大学教授の中西輝政が次のように書いている。ちなみにワシが引用した部分以外はレベルが低い(^_^;)
小泉政権の政策路線は、細々とした問題はたくさんあったものの、民主党政権のこれまでの政策運営と比べ、大きな方向ではるかに適切なものであった(略)
問題だったのは、政党政治において最も危うい「ポピュリズム」を大きく亢進させた小泉氏の政治手法であった。
本来、妥協しえたはずの党内の「抵抗勢力」を次々と倒すことを、自らの支持基盤を保つために、マスコミを使って「見せ物」にしたことで、大衆の無責任な観客化を著しく強めてしまったのである。小泉政権の5年間、古代ローマのコロッセウムで剣闘士が生命を奪い合う姿に観客が熱狂したかのごとき、「コロッセウム政治」が展開されたのである。私はつとにその危うさを指摘してきたが、国民は、「おもしろくなければ政治ではない」と、性急にドラマを求めるようになってしまった。
それは直ちに、自民党自体にはね返った。小泉政権に続く安部政権では、事務所費問題で農水大臣が自殺したり「絆創膏大臣」が更迭されたりした時も、国民の情緒を刺激するような形で大衆の破壊活動が支配的になった。その後も、くり返し、日本の政治において国民のフラストレーションが破壊的に働き、「こんな政権はつぶしてしまえ」と、党首たちを引きずり降ろすことを繰り返している。このポピュリズムの弊害をマスコミだけのせいにはできないのである。

つまり小泉が作ってしまった「何でもアリ」が、今度は反小沢三派にも継承されているということだ。
いま考えなくてはいけないのが、警察であれ反小沢三派連合であれ情勢が緊迫している中での「何でもアリ」の持つ怖さである。
すなわち警察の「何でもアリ」は、「検察神話」が崩れた現在、歯止めがきかなくなってしまった。だから、軍事的な緊迫の下ではいとも簡単に戦前の「特高警察」に逆戻りできる。今の京都府警と京都地検は既にそんな感じだ。
一方の三派連合は、「他党との連立」という「野合」を模索する中で、これまた簡単に「大連立」=「翼賛体制」へと突き進んでしまう。

いろんなことに思いをめぐらせたところで、時間は止まらない。
一年が間もなく終わろうとしている。
新しく来るのは、間違いなく「より暗い年」である。

この一年も、私はいろいろな人たちに助けられて生命を永らえてきた。
この場を借りてお礼を申し上げたい。

と、締めようと思ったら、28日に急遽キツネ目組忘年会をやることになった。おつかい係が書いているが、ワシも体調がよかったら行くつもりである。

ホームページについては、「もう少しマメに更新してください」とあちこちから言われるので、がんばろうとも思う。
実は、今年8回にわたって書いた「小沢一郎へのアドバイス」は、意外なほどの反響があった。「今の民主党内の状態にもアドバイスを」とのリクエストもあったが、ワシは民主党員ではないし、党内闘争もあまり好きではないから、しゃしゃり出ないでいた。
しかし、「アドバイス」とは異なったアプローチで発言することも必要な段階に来たかもしれんね。
暮れから正月にかけて、少しヒマな時間ができそうだから、ちょっと書いてみることにする。警察や三派連合は嫌がると思うが(^^ゞ

次回は、昨今の捜査手法をめぐる被害者と加害者の関係、それとメディアについて考えたい。表現の自由と取材の自由あたりやね。まずは三日坊主にならんようにしないとなあ。

2010年12月26日
宮崎学

宮崎学である。

本日村上正邦氏から書類が届いた。

読んでみると、なるほどと感心する内容であった。ここに掲載するので組員諸君もよく読むように。



平成221221


司法・検察の抜本的改革の実現をめざすために


躍進日本! 春風の会


日本の司法を正す会


村上正邦


新聞報道によれば、大林宏検事総長が、大阪地検特捜部の証拠改竄・犯人隠避事件の責任をとって辞任し、政府は後任の検事総長には笠間治雄東京高検検事長を充てる人事を固めたとのことである。

大阪地検特捜部の事件を「検事個人の不祥事」にとどめず、組織全体の問題として受け止め、最高責任者たる検事総長が責任をとること事態は評価したい。

しかし、今回の事件を検事総長の辞任で終わらせるようなことがあってはならない。いま国民が求めているのは、厳しい批判に晒された特捜検察の在り方そのものを根本から変革することではないのか。

今回の大阪地検特捜部の事件をはじめ、一連の国策捜査を生んだ特捜検察そのものの病根を剔抉することなく、東京地検特捜部長経験者である笠間治雄氏を後任の検事総長に就かせる人事、つまりトカゲのシッポ切りのくり返しには大いに疑問がある、と言わざるを得ない。

2001年3月、私はKSD事件で受託収賄容疑で逮捕・起訴されたが、当時の東京地検特捜部長が、今回検事総長に擬せられている笠間治雄氏であった。

当時、東京地検特捜部は、「ものつくり大学」設立を目指していたKSD創立者の古関忠男氏が代表質問で取り上げるよう私に請託し、見返りに5000万円を供与したというストーリーを作り、ストーリー通りに調書を捏造したのだ。

請託の事実がないにもかかわらず、請託の日時・場所を「作り上げ」、古関氏には執行猶予を条件に嘘の自白調書にサインさせたのである。

私は終始一貫無罪を主張、古関氏も公判廷で「請託の事実はない。このままでは死にきれない」と証言したが、東京地裁で2年2月の実刑判決を受けた。私は直ちに控訴したが、控訴棄却、最高裁も上告棄却で実刑が確定した。

私は自ら身の潔白を証明するため、今後再審請求を行ってゆく決意だ。

この他にも笠間氏は東京高検次席検事の時、日歯連闇献金事件を担当した。

この事件も不可解な経過をたどった。

1億円の小切手を受け取った時に現場にいた橋本龍太郎元総理、青木幹雄参院自民党幹事長の両氏は証拠不十分で不起訴、野中広務元自民党幹事長は起訴猶予となったが、現場にいなかった村岡兼造・元官房長官が在宅起訴された。 この検察の処分について検察審査会が「起訴猶予は不当である」とする議決を行ったように、当時の特捜検察の捜査、処分には幾多の疑問が残る。

この事件を担当したのが笠間氏であったことを、ここで明記しておきたい。村岡氏は一審では無罪だったが、東京高裁では逆転有罪となり、上告棄却で有罪判決が確定した。

笠間氏の検事総長就任人事を報ずる新聞各紙は、笠間氏は特捜検察の経験が長く、東京地検特捜部長として辣腕をふるい、4人もの政治家を逮捕したことを「実績」として高く評価している。

しかし、この「実績」に問題があるのだ。笠間氏自身が、いま国民の批判に晒されている特捜検察の捜査手法を駆使し、ストーリーありきで幾多の事件を作り上げてきた中心的存在の人物なのではないか。

いま我が国の検察が直面しているのは、今回の大阪地検特捜部の「事件」が何故起きたのか、そしてその根本にある「検察文化」とは一体、如何なるものだったのかを、自ら真摯に問うことである。

あわせて、笠間氏が指揮をとった全ての「事件」の検証があってしかるべきことは、論をまたない。

以上、笠間氏の検事総長就任に異議を申し立てる所以である。



司法・検察の抜本的改革の実現をめざすために (PDF形式)

宮崎学である。
今年は盟友・朝倉喬司が亡くなったりして、寂しい年末となったが、仕事はせねばなるまい。

新年早々、書き下ろしの文庫を出す。
「最近の著作が難しい」といわれたので、わかりやすくして分量も少なめに書いてみたが、もちろん内容は濃いので楽しみにしなさい。
昨今の暴排問題を中心に書いている。

暴力団追放を疑え

まだまだ今年も原稿を書かねばならない。

2010年12月19日 宮崎学

↑このページのトップヘ