山本兼一さん

13日、山本さんが亡くなった。病気のことは聞いていたが、私より9歳も若く、あまりにも早い死だった。
生前はアナキズムに憧れ、「革命家になりたい」とよく言っていたのを思い出す。
革命家ではなく作家としてこれからという時に、非常に残念である。

心よりご冥福をお祈りする。


2014年2月15日 宮崎学







作家の山本兼一さん死去 「利休にたずねよ」で直木賞
2014年2月13日15時02分 朝日新聞
 「利休にたずねよ」で直木賞を受賞した作家の山本兼一(やまもと・けんいち)さんが13日、肺腺がんで死去した。57歳だった。通夜は15日午後7時、葬儀は16日午後1時から京都市北区紫野宮西町34の公益社北ブライトホールで。喪主は妻英子(ひでこ)さん。
1956年京都市生まれ。出版社勤務を経て、2002年に「戦国秘録 白鷹伝」で長編小説家としてデビュー。「火天(かてん)の城」「千両花嫁」でそれぞれ直木賞候補になり、09年に「利休にたずねよ」で第140回直木賞を受けた。織田信長の居城安土城を建築した宮大工が主人公の「火天の城」は西田敏行さん主演で映画化され、茶の湯を大成した千利休の人生に迫る「利休にたずねよ」も市川海老蔵さんと父・団十郎さんの共演で昨年映画になった。

「利休にたずねよ」で直木賞…山本兼一さん死去
2014年2月13日14時09分 読売新聞
「火天の城」「利休にたずねよ」など骨太の歴史小説で知られた直木賞作家の山本兼一(やまもと・けんいち)さんが13日午前3時42分、京都市内の病院で、原発性左上葉肺腺がんのため死去した。57歳だった。告別式は16日午後1時、京都市北区紫野宮西町34公益社北ブライトホール。喪主は妻、英子(ひでこ)さん。
京都市生まれ。同志社大卒業後、出版社勤務などを経て京都に戻り、2002年「戦国秘録 白鷹伝」でデビュー。04年、織田信長の安土城を普請した棟梁らの苦闘を描いた「火天の城」で松本清張賞を受け、同作は映画化された。茶の湯を大成した千利休の美意識の根源と死の真相に迫った「利休にたずねよ」で09年、直木賞に選ばれた。近年、肺がんが見つかった後も、安土桃山時代の天才絵師・狩野永徳の苦悩の生涯を浮き彫りにした「花鳥の夢」などを刊行。13年には「利休にたずねよ」が市川海老蔵さん主演で映画化(田中光敏監督)された。その後、再び体調を崩し入院していた。

山本さん、死去前日に最後の原稿 / 病床で執筆続け
2014年02月13日 19時38分 共同
 13日未明に57歳で死去した直木賞作家の山本兼一さんが、亡くなる前日まで病院で雑誌連載中の時代小説に取り組んでいたことが13日、分かった。息を引き取ったのは次号の原稿を編集者に送った数時間後。最期まで自らの文学と向き合い続け、その人生を終えた。
 妻英子さん(51)によると、山本さんは一昨年10月に肺腺がんが判明し入院。家族や親しい編集者にしか伝えず、退院後も闘病生活を送りながら執筆活動をしてきたが、昨年12月中旬に病状が悪化し、再入院していた。
 山本さんは現在、雑誌「中央公論」に平安京造営に情熱をかける男たちを描く小説「平安楽土」を連載。

訃報:山本兼一さん57歳=作家
毎日新聞 2014年02月13日 13時39分
◇「利休にたずねよ」で第140回直木賞
京都を拠点に、歴史・時代小説を手がけた直木賞作家の山本兼一(やまもと・けんいち)さんが13日、原発性左上葉肺腺がんのため死去した。57歳だった。通夜は15日午後7時、京都市北区紫野宮西町34の公益社北ブライトホール。葬儀は16日午後1時、同所。喪主は妻英子(ひでこ)さん。
京都市生まれ。同志社大文学部卒。出版社勤務、フリーライターなどを経て帰郷し、2002年、3人の戦国武将に仕えた鷹匠の生涯に迫る「戦国秘録 白鷹伝」でデビュー。04年、安土城を築城した棟梁に光を当てた「火天の城」で松本清張賞を受賞した。
ライター時代に培った取材力を駆使し、天下人と関わった職人や絵師らに視点を置いて、歴史を活写する独自の作風。千利休のわび茶に懸けた美意識と人生の軌跡を浮き彫りにした代表作「利休にたずねよ」で09年、直木賞を受けた。最後の単行本は、天才絵師、狩野永徳が主人公の「花鳥の夢」(13年)。
このうち、「火天の城」は西田敏行さん主演で、「利休にたずねよ」は市川海老蔵さん主演でそれぞれ映画化された。現在公開中の「利休〜」(田中光敏監督)は13年のカナダ・モントリオール世界映画祭で最優秀芸術貢献賞に選ばれている。