カテゴリ: 政治・経済

期日前投票に行ったことを書いたら、すぐに盟友・平野貞夫氏から電話をいただいた。

「私の立候補についても、ぜひ書いてください。亡くなった菅原文太さんの遺志を継ぐために、生活の党東北ブロックから立候補しました」
日本を憂い、老骨にムチ打って立候補した平野氏を応援したい。

平野貞夫 | 生活の党

平野氏は、衆議院の事務局に長く務め、日本政治の裏の裏まで知っている逸材である。優秀だが義理堅く、日本の政治になくてはならない方である。
著書も多い。

平野 貞夫:作品一覧、著者略歴

もう一人、維新の党から立候補した松木けんこう氏も応援する。
松木氏も義理堅く、約束は絶対に守る人であることを私は知っている。

元衆議院議員 松木けんこう

将来も期待できる政治家である。
いろいろあったと思うが、まだ若い。がんばってほしい。

もう一度言うが、組員はちゃんと選挙に行きなさい。

2014年12月9日 宮崎学

自民党を割って出た大物の苦戦が伝えられているが、私は亀井さんと小沢さんを応援する。
亀井さんは、日本の正当な保守であり、意見が違うことも多いが、筋の通し方はずっと評価している。
氏は、長年にわたって死刑廃止廃止議連の会長をつとめ、暴対法の改定や暴排条例の施行についても、政府内の調整役として活躍してきた。
こうしたことは票にはむしろ不利であろう。
それでも、「よくないことはよくない」ときちんと言える、懐の深い政治家なのだ。
広島6区のみなさん、ぜひ亀井さんを応援してください。

亀井静香公式Webサイト

選挙区は長妻昭さんに投票した。
長妻さんは「ミスター年金」と評され、厚労省の官僚と戦う気骨と能力のある政治家だからだ。

長妻昭 ながつま昭 前衆議院議員

なお、最高裁判所裁判官国民審査は、「全員✕」にした。前回は、競馬新聞のように「△」「○」などをつけたが、今回はまじめにやっておいた^_^;

組員は、ちゃんと投票に行きなさい。

 

2014年12月9日  宮崎学

宮崎学である。

明日12月4日、衆議院総選挙が告示される。
日本の政治は、今回の選挙と来年6月の総選挙を経て、完全な再編期を迎えることとなる。
 再編の姿は、「民・自・公とそれを右側から支える維新等」と「その他の未来・社民等」となり、残念ながら共産党は結果として民・自・公を左側から補完する存在となると考えている。
 簡略化すると、「好戦派」vs「なんとか生き残ったリベラル派」という構図になるが、今後の選挙しだいでは、リベラル派はさらに排除されて「排除型翼賛体制」が確立してしまう。そうなれば、日本は再び「アジアの孤児」と成り果てるだろう。

 では、どうするのか。
 さしあたって今回の総選挙にどう対応するのかを私なりに考えてみた。
本音を言えば、現在は昨年3月に最高裁が違憲とした「1票の格差」が解消されていない状況であり、ボイコットを選択したいところだ。
 しかし、民・自・公・維新の“戦争ごっこ”大好きな連中に勝てるチャンスを見逃すのも残念である。
 そこで、前国会で暴対法の改定に反対した政党及び、反対活動に協力していただいた個人を応援することとする。
 具体的には、次のとおりである。

比例:社民党
http://www5.sdp.or.jp/

選挙区:亀井静香(広島6区:三次市、庄原市、世羅郡、神石郡、尾道市、三原市、府中市)
http://www.kamei-shizuka.net/home.html

選挙区:照屋寛徳(沖縄2区:浦添市、宜野湾市、嘉手納町)
http://terukan.ti-da.net/

選挙区:松木兼公(北海道12区:北見市、網走市、紋別市、稚内市、オホーツク総合振興局管内、幌延町を除く宗谷総合振興局管内)
http://kenko-matsuki.jp/

選挙区:石川知裕(北海道11区:帯広市、十勝総合振興局管内)
http://www.tokachi-ishikawa.com/

選挙区:辻恵(大阪17区:堺市中・西・南区)
http://tsuji-ganbaru-sakai.jp/

 以上、順不同であるが挙げておく。
 このテーマについては、近いうちにまた更新したい。

2012年12月3日 宮崎学

3.11で私の中に潜んでいた、ある感情が暴れ出した。それは「言葉」についての感情である。
もともと私は、プロパガンダ系の「言葉」が充満する社会の中で、ものごころがついた。そして自分からもその種の言葉を大いに使いながら、つい最近まで生きて来たと思う。
そして、もうそうした「言葉」を否定しようと考えていた矢先に3.11と遭遇した。
もともと私は、原稿を書いて生業を建てるようになってから、啓蒙的な文章を可能な限り排除したいという欲求を持っていた。しかし、読者との関係においては、どこかに「啓蒙」が入り込んでしまう。それが苦しかった。
その時私は、「お前は人様に『説教』できるような人間なのか、いつからそんなに偉くなったのか」と自問していた。その私にとって、最近、とりわけ3.11以降、世間で流行のように使われている言葉への反撥がつよくなっている。具体例を挙げると、次の二つの例がわかりやすい。
一つは、政治家が使う慣用語となった感のある「〜しっかりと〜」という言葉であり、今一つは、スポーツイベントの際の集客ために使われる「絶対に負けられない試合がある」というキャッチコピーだ。
この二つに通底する感性に私は、反撥を強めていた。これらの言葉の出自は後者においては言うまでもないことであるが、前者もプロパガンダ系ということで同質ものである。
私はプロパガンダ系の言葉からの離脱を意識しているから、余計にこの種の「言葉」に反撥するのだとは思うが、百歩譲って、同じプロパガンダとしても、このプロパガンダ系を今風に表すとキャッチコピーということになる。そうだとすると、最近のそれには、例えば1983年の「おいしい生活」というくらいのひねりがない。つまり洒脱さがない。洒脱さを欠いたプロパガンダの言葉は、それが表現していることとは、真逆の印象を与える。そして何よりも言葉として肉感性がなく、無機質である。旧社会主義国がスローガンで使った言葉の方が、まだ少しは血肉性があった。
こうしたことから私は最近の「言葉」に反撥していた。
わたしにとって3.11はこうした時に起こり、そして3.11以降に飛び交う言葉の中に、無機質さがさらに増幅していると思うようになった。
こうした無機質な言葉は、社会そのものが無機質になったからだと思う。つまり3.11のような悲惨な状況に直面しても、それを「劇場」としてしか感じることのできない感性の摩耗と貧しさが完了してしまったと私は思う。
さて、その「劇場」化であるが、本当の「劇場」で使われる言葉は実に重いし、肉感性に富む。しかし「自らの身は安全なところにある」観衆としてしか現実の目の前にある歴史に参加しないとする精神を、その根元とする「劇場化傾向に私は反撥しているのである。
こうしたことは「歴史」に対しても同様で、私は「歴史」は「観る」ものではなく「行う」ものだと考えて来た。
その中でも「ガンバレ東北」「ガンバロウ日本」という言葉が、その最たるものだ。その言葉を発する側の人間はあくまでも観衆して位置する。ガンバル側のプレイヤーとの意識の共有はない。それ故に肉感的ではない言葉に終わっている。
この「創られた参加意識」を糊塗するものとして、サッカーの場合はサポーターなるものが、スポーツエンタティメント・ビジネスによって作られたのだのだと私は考える。
さて、3.11以降の歴史に「劇場型」ではなく、主体的にどう関わるのか、自らの歴史の最終章と重ねて歩む時が来たようだ。

(「3.11に思うこと」終わり)

3.11が結果として問うことになったものに大手メディアが行う「世論調査」という「儀式」に見られる特性である虚構性とその閉塞性の指向を指摘したこともある。

9月4日の日曜日に、大手新聞各社は、野田新政権に対する「世論調査」の結果を発表している。その結果として出された数値はおおよそ予測通りの内容であった。この数字は前任者の菅氏がひど過ぎただけで、野田氏についての積極的支持ではない。この一連のメディアの調査と発表に問題意識の欠如というか、メディアのあり方として、口先では「被災者の支援」などとは言うものの、その根幹たる精神が欠落しているのを私は痛感した。それは、取りも直さず「被災者」への配慮の欠落である。

私は311以降、何度か被災地の人々と会った。そして話を聞いた。その時、明らかに「特別な思い」を見た。

今、この国の中で、被災者の人々が持っている意識と(私を含む)被災者以外の意識の「差」は明確に存在しているし、むしろこれは当然のことである。

ところで今回、世論調査を行った各社は被災現地に記者もたくさん送り込んでいるし、その「差」については知っていたはずだ。否、知っていなくてはならない。そうだとしたら「彼等」が今回行った世論調査の統計の数値の中から、その「差」を見つけることはいとも簡単であったと思われる。そして、被災者の人たちの意識=世論を抽出した形で発表されるべきものであった。しかしメディア各社は、意識的にか無意識的にかわからないが、それを行おうとはしなかった。

今回の世論調査で思うのはメディアが体質的に持つこの社会の中にある「意識の断層」を知っていながら、それを明らかにせず、耳障りのいい、例えば「絆」というような言葉に「変換」してしまう「業」の深さである。そこから私は、如何ともし難いエリート臭を超えた支配者意識すら感じさせられる。

話は変わるが、私は、今、中国現代史に興味を持っている。中でも1976年の周恩来と毛沢東の死去と中国民衆の意識の変化について興味がある。この1976年の毛・周という中国革命の二人の指導者の死去を、1966年から始まった「文化大革命」を、10年を経た中国の民衆は、どう捉え、どう考えたかという点に関心を持っている。

1976年4月5日の「4.5天安門事件」、これはその後1989年6月4日の「6.4天安門事件」へと続くのであるが、「4.5天安門事件」を私はサイレント・マジョリティ(silent majority)が「戦争」以外で社会的に現出した珍しいケースだと考えている。

結果的には、このサイレント・マジョリティが、江青等の文革4人組を失脚させることとなった。そして次に生まれてきた新しい権力の評価は別として、社会として、歴史を民衆が統一的な指導部の存在なく動かした部分に私は関心を抱いている。もちろん党幹部の権力闘争と深く関わっていたことは容易に推測できるものの、しかしこの1976年の時点から、意識の「外部注入」によって「民衆」を動員するという手法が限界に達したという時代の潮目ではなかったのだろうか、私はそんなことに興味を持っている。現にその後80年代後半から始まったソ連始め、東欧社会主義国の崩壊も、また最近の北アメリカ地域の民衆の運動も、76年「4.5」天安門事件と同質であることから、それがうかがえる。

もともと民衆の意識の底で動いているもの、それはわかりづらい。しかしわが国の民衆の意識も当然変化している。しかし残念ながら、この「変化」は、日本の新聞各社の世論調査からうかがえることは無い。表面的でお仕着せの日本の報道からは、何が「事実」なのかは見ることができない。

そして私は、約1年半前から顕著となった民主党内の「反小沢」キャンペーンは、メディアの「新たな翼賛化」の始まりと捉えていた。3.11の衝撃はその翼賛化をさらに進行させるものとなった。この国のメディアは低劣で新たな閉塞にこの国の民衆を追いやってしまった。

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