カテゴリ: 東北地方太平洋沖地震

宮崎学である。

震災から2年、いわき市の友人「怒るいわきのオジサン」から手紙が届いた。

詳しくは文面を読んでほしいが、マスコミとはそんなものであり、混乱する被災地で犯罪が多発するのも当たり前である。

しかも放射能の問題はまったく解決していない。



政府はわかっていながら、すべてを放置している。



2013年3月12日 宮崎学


2013年3月10日、原発事故から2年。
テレビ新聞各社、特集番組・記事だらけ。
原発メルトダウンを知って皆逃げて、カラになったNHKや大新聞の支局。
数週間経て、取材に行っても大丈夫かと地元関係者に問い合わせた東京本社支局。
あの時こそ、地元に残り、事実を報道すべきであった。
2、3カ月経って取材に戻っては、今頃何しに来たと言われて当然である。

去年12月末にいわき市庁舎に「被災者出て行け!」とスプレーで大書があった。
心ない者の仕業で情けないとコメントがあったが、私はそうは思わない。
スーパー、コンビニの万引き、車上荒らし、傷害事件が増加。
仮設住民と地元民との数知れぬトラブル。
作業員という名の無法者。交通ルール守らず公徳心のかけらもない連中。
「出てってけろ!」と言いたくなる。
除染作業に不正があったと言う。
落ち葉と土を川に落としたらしい。
監督、元請け、承知の上と言う。
そこで除染の監督員公募、研修会をやることにした。
ところが県OBで満員。他の入る余地無し。
一般人はあとでこれを知る。
間もなく雪が消え、本格的な除染が始まるが、行き場のないゴミは各地各所に蓄積されたまま。

7人~5人でいわきで暮らす。元の住所は被災地でも帰れるはずだが帰らない。
一人10万円、給与、年金は別。家賃ほぼ無し。他いろいろ。
この人達、年収いかほどか。
多分2年で家が建つ。
復興予算に群がるゼネコン、政治家(政治屋か)、街の有力者、銭乞食という言葉を思い出す。
何でこうなっちゃったんだれろうね。

2013年3月10日 
怒るいわきのおじさんより

宮崎学である。

友人からの手紙7通目が届いたので、本人の了解を得てこれを紹介する。
あり得ない話が9月1日朝日新聞にあった。
第一原発で汚染水かぶった協力会社(下請け会社です。)の作業員がいた。記者によれば高濃度汚染水から放射性セシウムを吸着させた機器の保管場所で水抜き作業をしていた。一人がはしごでホースを外し一人がはしごで支えていた。外したホースから水が漏れ、はしで支えていた作業員が水をかぶった。上の作業員はかっぱを着用、下の作業員は防護服のみ。染み込んだ水が体に付着。基準の10杯近い線量を計測したとある。信じられない事故と言えよう。
私が東電第一、第二で仕事をしていた頃は安全に関してはすこぶるうるさく、ハシゴ作業など絶対に許可されず脚立の使用に関しても必ず足場板を二枚重ね、三点支持、ゴムバンドで固定、床を傷つけぬ様に床、又は脚立を養生する(ものすごく面倒なのです)。
外部、高所は足場を組む。これが当たり前でありました。
作業前に仕事の場所、手順、危険防止の方策を所定の用紙に書き、現場の目立つ処にそれを下げ、それから仕事が始まる。今回の事故はそれら一切を無視、又は省いたのでしょう。これほどのチョンボを労基署は何とする対応を公表せよ。
原発作業員に関しては様々なウワサがあります。まさかと思ったのが盆前に白血病で何人もやられた話です。新聞によれば6月上旬、休憩所入り口で線量測定の仕事をしていた人が7日間で入院、翌日亡くなったそうです。
もはや第一原発は人の居る処ではありません。
福島市では鼻血を出す子供が多いらしい。
小名浜に揚がったカツオはキロ100円、福島産牛肉はA4ランクで2〜4割安。余所者が作った原発の町の住民は原発ジプシーとなり行くあてもなくさまよい歩く。そして誰もいなくなる。そんな日が近い気がします。
東電、日立、東芝、IH,大手ゼネコン福島第一原発で恩恵を受けた全ての企業は保養所、空いている社宅、国は議員宿舎を原発難民に明け渡せ。放射能に関する研究所と病院を作れ。第一原発は毎日作業日誌を公開せよ。利害関係のない機関に立ち入りを許可すべし。
四の五の言う前に動け。これが私周辺の方々の思いであります。

 

9月1日
いわきの小市民より 奥歯噛みしめつつ。


3.11直後、海外のメディアの報道には「日本人は集団の規則を守る国民性だ。3.11のような大事故、大災害が発生しても「掠奪」や「暴動」が起きていない。これは日本以外の国では例の無いことだ」と伝えたものもあった。そして、日本人のこの「美徳」が今後の復興への源泉となろうと、日本のメディアも歯の浮くような言説を流した。
ところが最近になって少し報道されることとなり明らかになったことに避難地域での空き巣がかなりの件数があったということだ。海外メディアが報道したことはある一面であり、逆の負の事実もあったのだ。
ところでこうした「日本人性善説」が語られたのと同じ時期に「菅直人は、ヤメると言明してまだヤメないのはけしからん。海外であれば「暴動」が起こるようなことなのに。日本人はおとなし過ぎる、だらしない」とする意見も耳にした。
これでは日本人は「規則正しい」のか「だらしない」のか、どちらなのかわからない。だいたい、復興のエネルギーの源泉を日本人の国民性一般に求めるのは明らかに間違いだと私は思う。私は、復興へのエネルギーの源泉は、日本とは限らず、人の世の中にある「猥雑」なエネルギーであると思う。そう思うに至ったのは、当HPで既に紹介してある6月19日に届いた「被災地の友人からの手紙」を読んで、その思いを深くした。
その「手紙」をその引用する。


被災地からの手紙
2011-06-19 (日)
宮崎学である。友人からの手紙6通目が届いたので、本人の了解を得てこれを紹介する。
アメリカ・フランスの持ち込んだ長期稼働不可能な装置、小生は2・3日と見ましたが、5時間とは。しかも水処理のプロに言わせれば高濃度汚染水相手に動いたのが不思議だそうで、高濃度汚染水は段階に処理すべきであり、何度も進言したらしいのですが、皆耳が遠いらしく、結局あの始末、政府がメーカーと直取引したらしく、商社を通せば商社は責任上様々な意見を聞いたはず。
素人が口出しするとこんなもんですヨ。
4号建屋は震度6〜7、又は台風が来ると倒壊の恐れがあるそうです。せめて補強工事位すべきでしょう。
今第一原発の現場ではゼネコン・東電の社員一番キツい場所で仕事をしているらしく、私の同級生(65歳)迄現場作業を命ぜられ東京からいわき市へと戻って来ました。まさに末期であります。政府のおエライ様方、月に何日かは是非当地にてお過ごし下され。野菜も魚も絶品ですぞ。
救援物資の集配所だった平競輪場がやっと本来の姿に戻りました。山積だった物資は小中学校で配ったり、スーパーのおまけになりました。
期限がある物は仕方ないとして缶詰は他に送るべきではと思うのであります。久々に会った競輪仲間と再会し、無事を確かめ合い、帰らぬ人となった人々の無念を思い、黒と白(2番4番車)を絡めて車券を買い、当然外れ。それでも「やっぱし競輪はエエのぉ」なのであります。
さて、いわきでは市が大半の空アパート・住宅を借り上げてしまったらしく民間人が困っております。湯本温泉のホテル・宿は大手ゼネコンの貸切りで一杯、他県ナンバーの車が数多く、居酒屋はホクホク、やはりこの町はよくも悪くも原発の町であります。


以上が友人からの手紙だ。
被災地の友人は、通い慣れた競輪場に行き、場外車券を買うという日常的習慣から、立ち直ろうとした。
「がんばろう東北」と言うような歯の浮くような「理念」からではなく、もはや以前の完全な形には戻れないことは、わかりながらも、かつて自分の居た日常を敢えて体現することで、立ち直ろうとしたのだ。友人にとってのその一歩が競輪であった。
私は日常を取り返すのが市民主義的な「ボランティア」的発想や行動ではなかったのが、友人らしいと思う。
またそこが微笑ましくも思う。
私は、この友人の心の奥底には、放射線等の影響への恐怖がないわけはないと考える。しかし、それでも「日常」を選んだのだと思う。それはある意味、仏教的「諦観」と思われる。そこには、小学校のホームルームのような「がんばろう日本」的発想ではない「覚悟」を私は見た。
私はこの友人に見られる「諦観」からスタートとした「猥雑」な、かつての日常生活への回帰の願望が復興のエネルギーの源泉ではないかと考えている。
  
(次回に続く)

3.11について我々が得ることの出来る情報は余程の特別な場合を除いて、メディアを通じて得るしかない。それ故に我々は、とりわけ3.11についてのこの国のメディア状況を検証する必要が、特にあると思う。
さて3.11直後の報道は、経産省系の官僚や東電の「会見」と地震、津波の映像等の情報が中心であった。この段階での報道は、官から与えられる情報しか持ち得ないという限界と未曾有の大惨事への対応に、思考停止状況にあったのであろう、3.11に対するメディア側からのメッセージ性のある「報道」が無い分だけ、かろうじて読み聞きに耐えられるものであった。ところが3.11からおおよそ1ヶ月程経った頃から、メディアの伝えるところに彼等の「評価が出始めた。いわく「がんばろう東北」曰く「がんばろう日本」というスポーツビジネス企業が「観衆」をスタジアムに「動員」するかのごとき意味不明のキャッチコピーがまずそれである。その後、同程度の水準で「絆」というのも多用されるようになった。
この種の「言葉」が氾濫するようになるということは、同時に、メディアが取り上げるポイントが、イベント中心主義に変質し始めたことを意味する。これは明らかに広告代理店的発想が情報発信の中心に混入してきたことを意味する。
ところでこの「絆」という言葉の持つ意味は「運命の共同」つまり、生きるのも一緒、死ぬのも一緒ということが基本にあり、もともとの意味するところは、実に生き生きした実感的なものである。そこには「観衆」と「プレーヤー」という区分けのない一体の世界がある。そこで被災者の今置かれている状況を考えると、広告代理店的発想で言うところの「絆」などという耳障りのいい言葉を使える人間が果たしてこの国にいるのだろうか。どこにもいる訳がない。自らに「運命の共同」という固い意志も無く、この種の言葉は語られるべきではない。
しかし、この種の「言葉」の氾濫は、3.11の「収拾」を官とメディアが如何なるイメージであるかは示している。それは1945年の敗戦時に「一億総懺悔」という論調がメディアと生き残りを賭けて官僚が用いた事実と類似している。
ところでこの国のメディアは、事件、災害、事故の被害者を劇場公演の舞台の主役にし、観客は新聞の読者だったり、テレビの視聴者だったりで、観衆の役割を果たさせようとするのが得手である。その際、国民の多数は、観衆の立場を演じさせられ、目の前で繰り広げられる「劇」を安全なところから見物させられる。そこには「運命の共同」は存在しない。
最近では、被災地で行われる「祭り」や海外に短期間のホームスティする学生の姿などに何か意味があるかのように報道するという具合である。しかし、さしもの劇場型報道もネタ切れのようだ。
そもそも3.11はこの国が官僚やメディア産業によって創り上げられてきた「イベント型の偏執と熱狂」の歴史が持つ虚構性を、結果として暴くものであったと、私は考えている。
ところで今、私の目の当たりに展開されている悲惨極まりない現実は、メディアが伝えるような「劇場型公演」でもなければ、まして玉転がしに一喜一憂するサーカーゲームでもない。そこには生身の人間が生きんがための苦闘がある。そして数え切れない「死」の悲しみがある。しかし残念なことにこの国のメディアは3.11を、国民を観衆の立場に置くといった愚劣な劇場としてしまい、メディアが特に年間3兆円と言われる原子力開発のための国民負担の税金を「喰って」来たことに対する「追求」からの逃亡を図ることに躍起となっている。再度言うが、劇場とは舞台の上で役を演ずる役者と、そこで演ぜられるものを「眺める」観客がいる。ところがメディアによるこの種の「情報」のデフォルメによって、国民と被災者との運命共同体的な一体感は稀釈化してしまった。そしてそこで演ぜられるものは「虚構」となってしまっている。
しかし、3.11は虚構ではない、ましてテレビドラマでもない。それは厳然たる事実である。
そして今、何よりも肝要なことは、3.11に向き合う姿勢を「イベント化、劇場化」してはならないということである。劇場化する民衆の意識が加速する中では、復旧、復興もイベントの中の一つのシーンとして捉えられてしまう。
被災地における人々の努力を、イベントとして捉えることを自己への責任追及から逃亡できる唯一の方途として汲々とするメディアと官僚の姿に、私は激しい嫌悪感を持つ。


(次回に続く)

「やらせメール」問題について思うところを書く。
3.11が問いかけている問題は「やらせメール」を九州電力がどのように仕組んだのか、また誰が悪いのかと言った、矮小な問題ではない。
問われているのは、原発について言えば、スタートから今に至るまでの世論「対策」の全過程について「それで良かったのか」という本質的な問いである。
ところで洋の東西を問わず、国の政治エリートや官僚がその国民の共感を得にくい政策を行おうとする時には、彼等と利益共同の関係にある、メディアを駆使するのが常套手段である。
そうしたことから、国策として、原発の推進を掲げ続けたその経産省が主催する「県民向け説明会」で、問題となったメール事件のような小細工を行うのは、言ってみれば、彼等にとっては「普通」の仕事であり、そうした小細工が出来ないのなら、「主催」する意味はないと考えている。まして、3.11の後、原発に対する国民の嫌悪感が昴っている時に、それとは逆の「県民」の意志が示されることは、「意義深い」という発想を持ったことは容易に推測出来る。

そうした「性(サガ)」とは別に、原発事業者と官僚が費消してきた、莫大な「広報費用」にタカってきたのが、既成のメディア、とりわけ新聞、テレビ、通信社、広告代理店である。
例えば、なるほど今となってはこれらの既成メディアは、「やらせメール」などに一見批判的な論調を唱えているかのように見られるが、実は、そこは既成メディアが今まで「タカリ行為」についての批判から身をかわすためのアリバイ作りを、焦って行ってきた姿が浮かんで来る。批判されそうな時は批判者になるのが得策というメディア特有の反応である、これもまた「性」なのである。
そこで、「国策」とメディアの関係というテーマの検証は、今回の3.11で、我々のような表現に携わっている者は、特に重いものとして考える時が来た。
そうした視点から見ると、裁判員制度導入(2009年)の際の官民一体のキャンペーンには、原発推進キャンペーンと国民を蔑視するという点で、発想と手法に通底するものがあったと私は考える。
人工的に形成された「世論」が支配する社会が、この国では完成してしまった。
(次回へ続く)

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