司会長にたいする大阪地裁大阪地裁判決要旨の判決要旨

銃砲刀剣類所持など取締法違反

 

被告人 司忍 こと 篠●建市

主文

被告人は無罪

 

理由

1 本件控訴事実と争点

 本件公訴事実は、大要、暴力団5代目山口組若頭補佐兼弘道会会長である被告人が、

  (1)弘道会「会長秘書」桑原達彦(以下、「桑原」という)と共謀の上、平成9年9月20日午前10時40分ごろ、大阪ヒルトンホテル1階南側出入口前通路上において、後継0.38インチ回転弾倉式拳銃1丁を、これに適合する実包6発とともに携帯して所持し、

  (2)弘道会高山組組員目加田安夫(以下「目加田」という)と共謀の上、そのころ、同ホテル1階メインロビーにおいて、口径0.25インチ自動装填式拳銃1丁を、これに適合する実包5発と共に携帯して所持していたというものである。

 

 被告人及び弁護人らに、桑原らによるけん銃所持の事実に争いはないものの、実行行為者である桑原らと被告人の間にけん銃所持等について共謀がなかったと争い、無罪を主張している。

2 当裁判所の判断

 (1) 証拠により認定した事実(要点)

  弘道会には抗争があったときの攻撃部隊等として「十●会」という組織があり、必要に応じて活動していたとみとめられるが「十●会」が、被告人の警護をも担当する組織であったか否かは明らかではなく、本件事件当時、組織的活動を行っていたとまでは認められない。また、弘道会内において「親衛隊」という被告人の警護に専従するそしきがあったとは認めることができないが、被告人の側に「会長秘書」又は「会長付き」がおり、これに指揮されて被告人のために雑用をする組員が随時周囲におり、それらの者の存在により、外部からは「親衛隊」のような組織があると見られていても不思議ではない。

  本件事件当時、桑原が弘道会の「会長秘書」の立場にあり、常に被告人に付き従っていたわけではないにせよ、必要に応じて被告人に同行するなどして被告人のための雑用等の任務を行っていた。

  平成9年8月28日に山口組若頭宅見勝が射殺されるという事件が発生し、その後、中の会会長中野太郎が絶縁処分を受けたが、中野会関係者に対する発砲事件等が相次ぐ中、弘道会においても、中野会関係者中野会関係者による襲撃のおそれを感じ、被告人に対する警備をより厳重にしていた。その反面、被告人にしてみれば、中野合関係者からの攻撃のおそれはない、あるいはあるとしてもいまだ抽象的なもので、その可能性もさほど高くないとして、特別の警護をしてもらうほどのことはないと判断していたとしても格別不自然ではない状況にもあったことは否定できない。、

 エ 同年9月19日.被告人らは新幹線を利用して神戸市にある山口組総本部に赴き、翌日の幹部会の打合せをした後、芳菱会滝澤孝会長と奥州名定一家小野守利総長とともに大阪駅前ビル地下にあるふぐ料理店で食事を取り食事後地下街を通って大阪ヒルトンホテルにチェックインをした事実は否定できない。

 なお、被告人らが新幹線に乗るなどした際に、被告人を厳重に警護していたことは証拠上うかかわれない。

  ところでこの阪神行きの際には、桑原が「会長秘書」として被告人に同行し、更に桑原の指示を受けた目加田も付いてきていた。なお、桑原及び目加田は公判廷において、被告人との共謀を否認するものの、被告人を警護するために本件けん銃等を持参していたなどと供述しており、証拠上もかかる事実を認定できる。

 同月20日午前10時40分ころ、芳菱会関係者が宿泊しているとの情報を得た大阪府曽根崎警察署刑事課暴力犯係の警察官らによる一斉職務質間に伴う所持品検査が実施され、桑原及ぴ目加田のほかにも芳菱会属係者2名もけん銃等を所持していたことが判明し、これらの者が現行犯逮捕された。

 その際、被告人や滝澤孝は、組員にガードされるなどしていたとは認められず、エレベーターを下りた後、三々五々同ホテル南側出入口方向に向かって歩いていった。なお、一斉職務質間の際、被告人は所持品検査を受けておらず、被告人がいたことにその場で気づいた警察官もいなかった。

 桑原らが所持品検査を受けけん銃等を発見されて現行犯逮捕された後、被告人は、その場を離れて山口組総本部に向かったが、被告人が一目散に逃走を図ったという状況は認められない。

(2)共謀の有無

 桑原は「会長秘書」として、被告人のための雑用をすることも兼ねて同行しており、目加田も桑原の指示を受け、補助としてけん銃等を携えて同行していたこと、被告人自身も、「会長秘書」及びその補助者も同行していることを認識していたこと、芳菱会関係者が親分を警護するためにけん銃等を所持していたこと、被告人をはじめ弘道会関係者は、いずれも共謀に関し、被告人に罪責が及ばないようあえて虚偽と思われる供述をしていること、本件事件後、現にけん銃筈を所持していた桑原らは、弘道会から一切処分されておらず、それとは逆に、多額の見舞金が集められて差し人れられるなどしており功労者として扱われているとみられること等に照らすと、被告人が桑原及ぴ目加田がけん銃等を所持して被告人を警護するのを承知の上で、同行させていたと認める余地もないわけではなく、その意味で、被告人が桑原及び目加田と共謀して本件けん銃等を所持していたという嫌疑も相応に存在する。

 しかしながら、反社会的な暴力団組織といえども、親分の近くにいて被告人を警護していると思られる子分がけん銃等を所持していた一事をもって、暴力団の行動原理からして親分との意思疎通があったものと推認するのは、論理に飛躍があり、むしろ、親分の身近にいる子分のけん銃等の所持が警察に発覚したと:き、その累が親分にまで及ぷおそれのあることが容易に予想されることから、暴力団組織としては、けん銃等を所持して親分を警護することがあるとしても、できるだけその危険の小さい方向で警備態勢を組むのが通常であり、親分が常にこれを一部始終認識しているとは考え難く、親分にあってはせいぜいけん銃等を所持する者が周囲にいるかもしれないという程度の漠然とした未必的認識(意思連絡の基礎となる認識としてはかなり薄弱なもの)を持っにすぎないのではないかとの疑問もある。

 これに加え、被告人が出席した宅見勝の通夜のときに、近くにいた桑原らも所持品検査を受けたが、けん銃等を特っておらず、本件事件の際にもけん銃等を持ってきていないだろうと考えていたということもあり得ないではないし、桑原の一存、あるいに弘道会幹部の指示てけん銃等を所持し、そのことを被告人が関知していなかった可能性も否定できず、しかも、被告人が桑原の補助者として同行していた目加田の存在を認識していたと認めるに足りる証拠もない。

 さらに、宅見射殺事件後、中野会関係者が宅見組関係者から一方的に攻撃を受けていたが、逆に反堅に出た形跡もないこと、被告人は、本件事件の際、より安全な自動車を利用せずに、より防御が難しい新幹線で移動し、名古屋駅で新幹線に乗車する際、殊更被告人を厳重に警護するような隊形をとったこともうかがわれない上、山口組総本部からの帰路、被告人が瀧澤及ぴ小野とともにふぐ料理屋で夕食を共こし.食事後も同店からホテルまでの移動も人通りの多い地下街を歩くなどしていた可能娃もあるなど、被告人らが襲われるのではないかと不安を持っていたとはいえない行動をとっていたことからすると、被告人らが、中野会関係者こよる襲撃を受ける現実的危険性がほとんどなく、この危険性につきいまだ漠然とした抽象的なものにとどまっていたと判断していたということを否定しきれず被告人がけん銃等で警護される必要性を感じていたかについても疑問がある。

 その上、本件事件当時の現実の被告人に村する警護態勢をみても、宅見射殺事件の起こる前よりは厳重になったとはいえ、本件当日の朝も三々五々エレベーターから出てきており、被告人を取り囲むなどの緊迫感のある警護を行っていた形跡はなく、また。被告人の周りは親衛隊のように見える一団(付き人)がいないでもないが、被告人のボディガ一ドに専従する組織の存在をうかがわせる証拠もない。

以上の事情を総合すると、被告人において、桑原及ぴ目加田がけん銃等を所持して被告人を警護していたことを認識し、これを容認(許容)していたとするには、なお合理的な疑いが残るといわさるを得ない。

 

(3)結論

   よって、被告人が桑原及ぴ目加田と共謀して本件けん銃等を所持したとの証拠がないといわざるを得ないから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪を言い渡すこととした。

                       平成13年 3月14日  大阪地方裁判所第14刑事部

 


  判決要旨 

のファクスをOCRで取り込み修正したもので、一部読みとれないところがありました。●で示しています。 

 また一応チェックはしていますが、校正しきれてないところもあるかもしれません。

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