誤りだらけ讀賣の記事へのメール
第6弾
讀賣新聞 滝北 岳殿
前略
大阪に住む30代の女性です。
5月20日付けの「田中義三氏」に関する記事を拝見しました。私は以前から、宮崎学氏のホームページを拝読しているものですが、貴方の書かれた記事と宮崎氏のHPによる田中氏本人の発言、宇崎喜代美氏をはじめ田中氏の支援者によるこれまでの裁判経過報告とは、内容が大きく異なっていると思います。
まず、この記事の中では「裁判がなぜ無罪になりそうなのか」ということの具体的説明がありません。本人が無実を主張している、との記述ですが、それだけで無罪になるはずもありません。報道の義務として、無罪になるその背景を伝えなければいけないのではないのでしょうか。はっきり申し上げて、この事件のいきさつを少しでも覚えている読者に対して大変失礼な報道のされ方であると思います。
また、ニセドル事件で国際指名手配を受けていたというくだりについては、そういう事実は本当にあったのでしょうか。宮崎氏のHPを読む限りはそうではありません。あくまでもアメリカシークレットサービスによるものです。「ニセドル事件で国際指名手配を受けていた」とは、もしこれが誤報であれば、日本を代表する大マスコミとして「ごめんなさい」で許される問題ではありません。少なくとも私個人は許せません。
全ての報道内容について裏づけを取り、なおかつ限られた紙面のなかでその証明を明らかにするというのは現実には無理な話なのかもしれません。しかし今回の報道については、決して省いてはいけない部分を省いているとしか思えません。
なぜ無罪になるのか?また、本当に無罪になるのか。判決前の今の段階で、どのような根拠があって無罪を前提とした報道をしたのか。貴方も現場で取材をされたのであれば、この部分を省略するという事がどういうことか、お分かりになっていると思います。ジャーナリストであれば一番ワクワクするであろう部分の報道を省いてらっしゃるというのは、一読者でしかない私からしても理解に苦しむところです。
また、「識者の意見」として掲載された以下の部分
>「コリア・レポート」編集長の辺真一さんの話「田中被告は、
>これまでも沈黙を貫いてきており、日本で逮捕されても、よど号事件や
>偽米ドル札事件など、北朝鮮に関するヤミの部分が語られる可能性
>は少ないのではないか。
についても、偽米ドル札事件が無罪になるという根拠の示されていない前提を記事の中心としているにもかかわらず、偽米ドル札事件は本人が認めていないだけで事実あったに違いない、と思わせる記述になっており、ここにもいいかげんさと悪意を感じてしまいます。
率直に申し上げて、この記事から受ける印象は「田中=元よど号、北朝鮮の回し者?国際指名手配の極悪人が日本に帰ってくるらしい」、です。そのような印象を貴紙の何百万・何千万という人達に持たせようとする、その目的は何なのですか?ご自分の記事によって一人の人間にこのようなイメージを植え付ける事に、本当に罪悪感や後悔はないのですか?
おそらくすでに多くの人々からこの件に関して抗議のメール・ファクス・電話・郵便物が届けられている事かと思いますが、その一つひとつを重大な事としてお受け取り下さい。貴方が記者として、マスコミ人として、どの程度のプライドをお持ちなのかが、今回の記事に対する抗議への対応で示されると考えます。
私が貴方の立場であるなら、このような抗議を受けた事は「人間として」チャンスであると受けとめたいと思います。誠意ある回答を切に希望致します。
早々
返事来るかなぁ???
> 件名 : 1999.5.20付 東京讀賣新聞を拝読して
> 送信日時 : 1999年5月22日 17:55
讀賣新聞 滝北 岳殿
前略
私は、偽ドル札疑惑にかけられている田中義三さんを激励をするため、タイ・チョンブリ刑務所に数度訪れているごく普通のOLです。「世の中には、新聞にもテレビでも取り上げられないこんなにナメきった話が本当にあるのか。しかも映画にもならないチャチな陰謀のセオリーで2人の人間の人生と命までもを落とそうとしている。この状況での叫びが外に伝わらないって地獄のような苦しみだろうな。」というのが、私が最初タイへ赴いたときの感想でした。
ですから貴社貴殿が、裁判所に取材に来られたと知って、とても心強く嬉しく感じたものでした。日本のマスコミも言われるほど捨てたものじゃないと。
以下は、先方にクレームを申し立てる際、クレームを受けられる先方の方が、当方よりうわてで奥深い存在であることを存じた上で、あえて、御記事を拝読したあとの感想を添えて、率直に意見させていただきます。
まずはこれが、御記事を読んでの最初の感想であります。
「同じシーンを見て、同じ人物を見ても、新聞記者様と素人では、こうも受け取り方が違うものなのでしょうか。先方は頭がいいから、なんとなくそんなかんじ、というノリで書いてしまえばそれが立派なシンブンになってしまうのですね。すごいですね、シンブンって。まさに、スクープ!、カッコいい紙面にしてくださって、さすがですよね。
御記事では、やはり「よど号ハイジャッカーが帰ってくるぞお!!……(かもよ。)」と、声を大にしておっしゃりたかったのでしょうか? それでしたらなんとなくわかります。ですがそれを強調しさえすれば、あとは「指名手配」でも「無罪」でも「有罪」でも「対立」でもなんでもよろしかったのですか? すごいですね、もう超越しているのですね、這いずり回って取材を重ね、神経使って一字一句事実に沿って記事にしていくという記者はドラマの世界だけなのでしょうか。」と、少々悪態づいた感想を持たざるをえませんでした。
少なくとも「ハイジャッカー、日本へ送還」という範疇で臨まれた、貴殿が見られたであろうあの裁判をとおして、裁判を見た後も、そのことしか範疇になかったのだとしたら、ド素人の私からも「え?」と思わざるをえません。
「え?」です。
まさかそんなはずはないと考えます。以下、こんなことを2つ、率直に考えてしまいました。
一つは、 「国際指名手配」という言葉を聞くと、私は身近なところで、オウムの逃走犯を連想いたします。貴殿の書かれた「指名手配」で、読者は少なくとも「田中さんは北朝鮮に関係する怪しい人」という印象を持ち、帰国した際は、ハイジャックをして北朝鮮に関係する怪しいやつを暴いてやろうと意気込む正義が増殖されたことと思います。ですが、貴殿があの裁判を取材された限り、あのアメリカの作り上げたチャチな物証が暴かれる証言過程を見られたでしょう。素人の私でもあの証言される過程を見て、単純にワクワクしたものです。貴殿があの裁判で受け取られる真偽の判断は別としましても、記者さんであれば少なくとも「ここで、も一つオモロイ側面を発見した。」と受けとられたのではないでしょうか。なぜそのことが記事にならないのですか。少なくとも少なくとも「田中さんはハイジャッカーやでえ、しかし一方で、アメリカが関係したこんな事件が起こっとるでえ。」ということが記事にならないのですか。ガイドライン問題にも波状してそれこそ大スクープですよ、記者冥利につきるってやつですよ。と、私は単純に思うのですが……。単純すぎますか。やはりそこは、「ヨミウリ」さんだからですか。これが世に言う「ヨミウリ流・ふぁっしょ」ですか。それでしたらウトい私でも初めて実感させていただきました。
これでは本当に正義でもって生きていきたい人々に、この記事は、ズレた正義を増殖させてしまうことにはならないでしょうか。「マスコミは反省してもまた、同じ過ちを繰り返す」という文句にあてはまるような気がしてならないのです。
もう一つは、 新聞記者も企業の下でのサラリーマンであられる以上、さまざまな規制や圧力、時間をかけたくてもかけられない実情の中で仕事をされていることは御察し致します。今回の御記事もそんな状況下で刊行されたものではないでしょうか。
いずれにしましても「少なくともこれはないでしょう」という率直な考えのもとで、意見書を送らせていただきました。
現在、田中さんの周りには、思想家でも活動家でもなく、ごくごく普通の人達がたくさん支援に立ちあがっております。多分あなた方が新聞購読者のマジョリティとして対象を置いている俗にいう「一般市民」の感覚のひとたちが、事件の矛盾を確信し、さらにはハイジャッカー田中さんの人間性に感銘を受けて支援をしております。私もそのひとりであります。
今回のことをキッカケに「もう大マスコミにはだまされないぞ。」という思いでいっぱいであります。自称「小さな心臓」で、貴殿に意見書をお送り致しました。
お返事お待ち申しております。何卒御願い申し上げます。
草々
1999.5.20付 東京讀賣新聞を拝読して
水無瀬ホタル
