喜代美レポート

宮崎さんと田中さんの意見陳述


4月27日

   被告人6 ロパャイ氏の奥さんが証人としてたちました。
証言としては、ごく短いものでした。
事件との関係では、1996年の2月8日にロパチャイ氏がアメリカのシークレットサービス(SS)によって不当に逮捕された日から3日ほどの間ロパチャイ氏が本当に家に帰ってこなっかった事実、そして、「元気だ、心配しなくていい」と言うだけで、どこに居るのかも知らせない、いつもと違うおかしな電話がロパチャイ氏からあったことを証言した他にはロパチャイ氏のビジネスに関して、また家族構成、生活費はドルでもらうのか、といった内容の質問で、他の被告人に関しても「ニヨム氏を知っている」といった程度のもので終わりました。

それに対して検察側の反対訊問は検察官は訊問はせず原告の弁護士だけが、ロパチャイ氏の供述書を見せてそこにあるロパチャイ氏のものだとされているサインを確認させる内容の質問をして、結果「よくわからないと」言わせただけで終わりました。

検察官は今日も投げやりな態度で、殆ど法廷にいなくてしょっちゅう法廷から姿をくらまし、全く興味がないといったような感じでした。

しかし、チャクッリット弁護士が宮崎さんを証人として証言することに関して裁判長から許可してもらう為に前に出て裁判長と話しているとき、検察官は異議をとなえて前に出てきました。田中さんの証人は5月6日バンコクの刑事裁判所で行われるイミグレの係官を除いてはチョンブリ裁判所の法廷では全て終わったといってしまっているので、そこを敢えて覆し事件と何の関係もない宮崎さんが証人となる為には裁判官を説得するだけの理由がないといけないのです。

タイでは情状酌量のための証言とか、情状証言のようなものは殆ど、なされないようで、弁護士も「御願いしても難しいと思うがやってみましょう」と言っていました。しかしだめもとでした御願いでしたが、検察側の反対があったにもかかわらず宮崎さんが証人として証言することをヴィロート裁判官は認めてくれました。

弁護士は「宮崎さんがいろんなところから入る情報によってこの事件がでっちあげであることを確信している。その理由を証言の中で明らかにしたい」というようなことをいって許可をもらいました。ですから宮崎さんにたいして「証人はこの事件はでっちあげであるという理由を述べて下さい」といって宮崎さんの証言がはじまったのですが、宮崎さんはそのことを一切無視して、自分のいいたいことだけを話ました。その内容は別に皆さんにはお知らせしたとうりです。

事件とは全く関係ないことを喋り、でっちあげであるという理由には殆ど触れられない話に検察から異議が出されるのではと思ったのですが、検察は外に出ていってしまい、原告の弁護士もあっけにとられているのか、呆然と宮崎さんを眺めているのか、うっとりしているのか裁判長から「反対訊問をしますか」と三度も訊かれているのに何も答えず放心しているいまつでした。

一方裁判官はその事件とは何の関わりもないような日本の「恥の文化」についてなどの証言を、すごーく真面目に聞いていました。記録のほうは事件との関連がないので難しいかと思いましたが、なんと「恥の文化のこと、でっちあげである、田中は本当にやったらやったという」と言うことなど、宮崎さんの弁論の柱のところはちゃんと裁判官は記録してくれていました。

その後田中さんが挙手をして裁判官に「話させて欲しい」と御願いしました。そしてそれも何の抵抗もなく許可され、田中さんの弁論が始まりました。その内容はこれも別にお知らせしたとうりです。田中さんの弁論が進む中で法廷の中の雰囲気が変わってきました、私の横にはロパチャイ氏の奥さんが座っていましたが、ポロポロ涙をこぼしているのです。被告人4のソムチャイ氏も目に涙をうかべています。後ろで宮崎さん、日本から来たキツネ目の組員の方たちもはっきり泣いています。通訳の佐々木さんも泣けてくるようで、通訳に苦労している様子です。それに対して裁判官は、佐々木さんの通訳される言葉の後で何度もうなずいてくれていました。その裁判長の態度を見ていると私は余計に胸に熱いものが込み上げてきて私も涙がこぼれてきて、隣にいるロパチャイさんの奥さんと思わず手を握りあっていました。


今日は昨日出た新聞に足枷に関する記事がでたこともあり、日本のマスコミ意外に ITV,CH7などのタイのテレビの記者も来ていました。ITVは今日27日の19時のニュースに私のインタビューを含めて田中さんのニュースを流すと言っていましたが私は外に出ていて見ていません。足枷の事をきっかけにタイのマスコミもやっとこの事件に関心を持ちはじめました。



宇崎 喜代美さんへのメールは

Kiyomi &Makoto Uzaki <pochicom@ksc.th.com> だわん