以下は獄中の田中義三被告からの手紙である。
多数の人々の大きな努力の上にタイの裁判が山場を迎えようとしているが、彼もまた獄中でただとらわれの身を嘆いてるのではなく、自分と巻き添えをくった児玉さんのために、懸命に戦っていることを知ってもらい、みなさんの援助がその元気のもとになっとることをお知らせする意味で、ここに発表する。
           

 3/17 宮崎 学



宮崎 大兄

お元気ですか。年末年始はどのように過ごされましたか。戻ってきた喜代美様の話では、皆風邪を引いてダウン中だとのことでした。喜代美様の心細やかな気配りと差し入れにより、児玉兄そして私も健康の方は大分回復してきました。今からが、最後の結末を迎えるのであり、いわば最大の山場となります。また今後のことも現在どのように闘いどこまで勝ち取るのかに、決定的に左右されると思います。気を緩めることなく最後まで断固として闘い徹底的に立ち向かっていく覚悟です。どうかよろしくお願いいたします。

考えていることをいくつか提起致します。

1. いつも繰り返していることですが、今回の事件の最大の犠牲者、被害者は児玉章吾氏です。彼を基本に、中心に支援救援活動が行われて行かねばならないというのは、当然のことです。私としては、今年の最大の獲得目標は、児玉氏にできるだけ後期に無罪釈放を勝ち取ることだと思います。いわゆる再審に対する敵の最大限の引き延ばしが明確な以上、ときとしてはこちらから再審を取り下げることも含め(それは、罪を認めるのではなく、これ以上不当な扱いを受けるのを防ぐため)対策を考える必要があると思います。私としては、再審を取り下げ喜代美様が考えている方向での恩赦の請求もあり得るのでは、ということです。

2. 年末に韓国の比較的発行部数も多いといわれている週刊誌「時事ジャーナル」を読む機会があったのですが、そこに私のいわゆる「ニセドル事件」にもふれた内容があり、以前のアメリカ筋の発表がそのままのせられていました。直ちに怒りの抗議文をFAXで送りました。一つとしては、私が現在、私たちのヒボウ中傷のテレビ番組を作成した日本の会社、関係者を代理人をたて裁判に訴えたこと、従って必要なら韓国においても代理人をたて裁判をやることも考慮せざるを得ないこと、しかし私が一番望むのは貴社が自分で調べこの問題を正確に了解し、それを記者で発表すること、二つとしては、現在韓国の青年が冤罪のまま獄中生活を強いられているが、韓国大使館は、私の問題には本当に介入しながら、この問題については全く無視していること、また中途に介入した韓国人ブローカーどもが、家族から大金をだまし取るなどの事件が発生しているので、この問題についても記者が救いの手をさしのべてもらいたいこと、の二つです。

喜代美様を通じ、ただにちにFAXをおくったのですが、一週間後にその担当記者がバンコックに文字通りとんできました。私は、25日、普通の面会で会いました。イ・チョルヒョンという記者ですが、まず、私が指摘した通り韓国で初歩的に、李秀元氏から話を聞き、またバンコックで宇崎夫妻からも話を聞き「私は田中氏の無罪を確信した」という話でした。以前からも強調していることですが、この国際的策略、陰謀事件に対して、私たちも最大限国際的にも関心を高めていくように、一方で、国際的な運動としても展開していく必要があると思うことです。

@例えば、「時事ジャーナル」誌、イ・チョルヒョン記者についても、全体的状況を正確につかめていないため、私としては、彼が日本語のうまい人と一緒に一度日本も訪れ、山際氏とか大兄たちとも会い正確に事件をしるし、一方で「創」の手記や、電脳キツネ目組のインターネットの内容なども資料として使えるよう提供することも必要だと思います。そして、韓国でもこの事件を本格的に追求し、真相を究明し発表するようにすればそれだけ有利な状況も生まれると思うからです。



Aここに一緒にいるガーナ人と(35歳)、彼の家は昔のロイヤルファミリーの血を引いており、父親(既に死亡ェ有名な医者であり、本人も比較的高等教育を受けている事から、知識水準も高い方です。彼が今、私の問題を知り、英語で様々な人権団体、民主団体に手紙を書いて送ろうとしています。それに利用できるよう、まず今回の山際氏が書いた、“事件事実経迫”の文章(よくできていると思います)を 本に私の「創」の 摘や電脳キツネ目組のインターネットを使い、外国人に私のこと、この事件の説明をして送れる“文献”をひとつにまとめ、英訳をつくってもらいたいのです。それを一部、喜代美様のところに保管しておくとガーナ人の手紙にそれを添えて送ることが可能となります。いろいろ忙しいとは思いますが、考えてください。


B私の足鎖の問題ですが、私としては私自身の苦痛であることは事実ですが、それ以上にこのタイに残っている奴隷制度の残りのようなものを一掃したいという気持ちです。既に獄中で多くのタイ人と知り合い、人間関係も生まれ様々な形で世話になった人々へのせめてものお礼という気持ちででも、是非裁判を行い画期的、歴史的な判決を勝ち取りたいと思います。(現在も、約400名前後の人が付けられており、精神的、肉体的苦痛を強いられている)こうした視点より、必要な方法を研究し、断固たる積極方針を期待しています。

C児玉兄が、そして私がこのアメリカの陰謀、謀略に巻き込まれ三周年を迎えようとしています。当初私たちにとっては、全く闇の中から絶望の淵から、宮崎御大を初め多くの人々の両親、善意、様々な力強い  に支えられ、確固たる勝利を見通せるようになったことを思うと、大げさではなく夢の中にいる気がします。本当にお礼の申しようもありません。大兄が記者会見のとき、「アジアにおける伊達裁判としての意味がある」とおっしゃっていましたが、まことにそうだと思うし、今後そのようにもっていかねばと固く決意しております。私としては、私たちの苦難な闘い、その中で力強い支持の声を上げ国境を越えて力強い、まさに新しい支持運動を築いたことを、歴史の中にはっきり刻み込みたいと思います。また、最後の勝利に向けたしっかりとした足場を築かねばとも思います。


                         田中 義三  
                        1999年 1月27日