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宮崎学インタビュー
「突破を貫き通して」
(10ぺージよりつづく)愚連隊っていうのはヤクザじゃないんですよ。ヤクザっていうのは強固に組織が確立されている。愚連隊っつうのは『僕、愚連隊』でその日からなれるわけです。まあ、不良なわけですよ」 −ー自己申告による。 「そういうものなんです。結局ヤクザの方が組織が強いから、愚連隊はなくなっちゃうわけだけれども。その愚連隊のリーダーは親分とは呼ばれない。みんな兄貴なんです。万年東一に求められたものも”兄貴”なんです。親子関係とは異なる兄という存在がそこにはある。僕にもそういうものが球められたのかなあ、というような感じもしてるんですよ。説教もするし、アドバイスもするような」 −悪いことも教えてくれるような。 「うん。だから親ではない。そうなってくると兄貴でしかないわけですよね。あとひとつ、僕が感じているのは、虚像かもしれないものを貫いている馬鹿がいるということに対する憧れと安心感。若い人がその中で生きていかざるを得ない、いまの閉塞社会から完全にドロップアウトしてるわけですよね、こちら、私どものあり方っつうのはね。自分よりもドロップアウトしてる奴が現にいて、生きていけてる、という安心感も、ものすごくあると思うんですよ」 −安心感なんて本当にあるんでしょうか。少なくともこうして面と向かってお話をうかがっている限りでは、緊張感が募るばかりですが。もっとも、兄貴ときめた人に対するマゾっぼい期待はあるかもしれませんね。 「それとね、非常に厳しい状態の中で生きていく場合、そのつど切り捨てていかなきゃいけないことがいっぱいあるわけですよ。それは女かもしれないし、子供かもしれない。あるいは名誉かもしれない。普通の人だったら、その切り捨てるという作業に一生かかるようなことを、瞬間的にズバズバやらないと生きていけない。ウジウジ迷ってたら死んじゃうわけですよ。だから直感に基づいて切っていくしかない。それをカラリとやっているように見えるのが不思議がられているようなんだけれども、たとえば自分の子供を切り捨てるというようなときには、その瞬間において、普通の人が一生悩むような深い悩みと同じ量の悩みをしているわけです。それはそれで。しかしながら、一瞬にしてそれをしなければ、子供も助からなければ自分も助からないという局面が、やはりあるわけでね。その積み重ねに対して、なぜかくも簡単にそれができたのか、という興味があるんじゃないかとも思いますね」 ーさきほどのお話では若い人への評価が変わってきたということでしたが、宮崎さんの世代との一番の違いはなんだと思いますか。 「何に感動して生きるか、ということだろうと思うんですよ。やっばり人間として生きている以上はね、感動して生きたいというのがあるわけです。僕の場合、感動の対象というのは人、人間なわけです。それがたとえ、ある面で自分が投影された他人であったとしても、やはり人の生き様に感動する。その点、いまの若い人の感性は、ちょっと違うところがあるなと思うんですよ。感動の対象がきれいな景色であったり、音楽や色彩であったりということはあるだろうし、また若い人は自分の好きな人のために命をかけたりとか、自分の出世のために命をかけたりとか、そういうことも結構できるんだろうと思うんですよ。ところが自分の感動するものが人間という対象であった場合、自分以外の自已の利益というのかな、それは愛する人たち以外のということになっていくだろうと思うけど、それに命をかけられるかどうか。僕らは愛する以外のものに命をかけたわけですよ。いまもそうありたいと、僕は思っているしね。つまりそういう点の感性が、ちょっと違うところではないかなあ、と思うんですよ」 〃侠”というのは家族の犠牲の上に成り立っている慨念です ーそれはまさに今日一番聞きたかったことのひとつなんです。『突破者』の中で〃侠(おとこぎ)”というものについて繰り返しいろいろな書き方をされています。たとえば、誰もが逃げ出したいような局面で「『俺、行くわ』と手を上げ」て「ばろぽろにされて帰ってくる」というような侠です。それを決意する美しい一瞬がある。そのときそ札を決断させるのは何なんですか、結局は。 「個々の心理的な構造は、僕にはわかりません。誰かがそのことをやらざるを得ない、手を上げざるを得ないという状況のときに、手を上げられるかどうかってことだと思うんだけれども、僕の場合でいえばですね、むしろ手を上げる方が、手を上げられるよりは気が楽である、と。しかしながら、もうひとつよく考えなきゃいけないのは、手を上げるという行為そのものが、非常に現世的な、現実的な不利益を、その周辺にもたらすということなんですよね。累々たる周囲の犠牲の上に成り立っている行為であることは確かなわけです。それでも僕のような馬鹿は、常に手を上げなきゃいけない。核家族の中で充分に愛されて育ったような人にとっては、核家族という共同体そのものが非常に重要であるから、自ら手を上げることが核家族を否定するようなことになる場合、それはすごい抵抗感があると思うんですよ。だから、僕が大家族で育ったっていうことは関係あるかもしれません。”侠”っていうのは、そこでの犠牲の上に成り立っている概念であろう、と」 −−核家族であれば、そこでの生活実感に基づいて、家庭崩壊を招かないように身を処すというのは普通ですね。しかしむしろ宮崎さんが書くご自身の”大家族”に、母親や父親との濃密な関係が見えるのが興味深い。子供の突破ぶりの犠牲になってもくれる彼らの存在感は確固たるものです。 「そこにはいわば建前の世界の中では成立しない感性、本音のぶつかりあいの中でしか成立しない関係があるんだろうと思うんです。たとえば、昭和55年に私がゼネコン恐喝で逮捕される日、警察に出頭する前に母親のところに行くわけですが、母親はそのとき毅然たる態度をとるわけですよ。『余計なことをしゃべるな』『あとのことは心配するな』とこの二言だけです。やっばり逮捕されたら一番迷惑をかけるのは母親だろう、家族だろうという気持ちがこっちにもあるのに、そのことは一切いわないわけですから。これで思いきり闘えるわけですよ、男っていうのはね。勇気凛々、警察に行って喧嘩してくるわけです(笑)。男は結局、女(このさい母なわけですけど)の掌の上で踊っているようなものではないかと思いますよ。とはいえ僕が逮捕されれば、母は号泣するわけです。励ましながら号泣する。このふたつのことをできる母親は非常に少なくなっているんじゃないか。それができるというのは、動物的な愛情だと思います。ヤクザの家ということで世間から白い目で見られる、そういう差別の中で親子の愛情を育まなければならなかったときに、白い目から庇ってくれる、あるいは白い目とどう闘うかを教えてくれる。そこを動物的愛情でカバーしてくれているところがあった。子供が逮捕されるというときにも、こいつが今後男として生きていくうえで、ここで権カに屈して、何とかうまいチョロマカシの中でやらせるよりも、一発どつかれてもいいからちゃんと闘わせた方がいいと、そういう判断をする。子供を谷底に落とすというような感性があるわけです」 マルクス主義が集大成された思想として卓越しているのは事実です −ー
いまのお話は『突破者』で宮崎さんが、市民社会に生きる人びとに向かって「自前で生きようや」と呼びかけていることに通じます。しかし、自前で生きるというのは、自分の場所におさまりかえっている人間に対して、いまさら与えられるようなことでしょうか。 「それは非常に難しいと思いますよね。僕がいわゆる突破者を貫き通してこれたのは、号泣する母の涙がべースにあったんだろうと思うんですよ。僕のような感性に至るのは、非常に稀有のケースでしょうね。ただまあ、ひとつの反面教師としての有り様だろうと」 ーー反面教師というようなものではないと思いますね。動物的愛というのがすでにそうですが、さきほどのお母様の言葉も、いわば’善悪の彼岸’からの言葉として響きます。僕の理解では突破者は、”善悪の彼岸”的存在です。まあ、こちらの勝手な理解はともかく、宮崎さん自信の言葉で、一般名詞としての突破者を説明していただくとしたら? 「社会的なしがらみからいかに自由であるか、ということかもしれないんですが、結果的にはしがらみの中で生きていかざるを得ない。だとすればしがらみの質の間題になってくる。つまり、いわゆる近代民主主義的なしがらみじゃなくて、動物としての人間としてのしがらみの中にいる、ということだろうと思うんですよね。だから『動物たれ』というのが、ひとつの突破者の原則になるんじゃないですか。『人間たるな』」 ーーはあ、なるほど。べつに宮崎さんが『動物たれ』といったからといって、反発を覚えたりはしないんですが、マルクス主義の影響からか、宮崎さんの文章は非常に知的に、人間的に書かれていますよね。そこは矛盾しないんでしょうね、きっと(笑)。 ところで、僕が『突破者』で一番ワクワクして読んだのは、最後の方の近未来予測的なくだりなんです。突破者がやがて時代と切り結ぶという予言です。ちょっと引用させてください。「来るべきアジア的混沌と再編に向かって放たれる最初の鉄砲玉になり」「連中が束の間の光芒を放つのではないか」。さて、そのとき宮崎さんはどこで何をしているのでしょうか。 「そこはひとつのアジテーションに過ぎない部分もあるんですけどね。僕自身としては、やはり北朝鮮の崩壊のね、その現場には立っていたいと思っています。これは絶対に立っていたい。60年代後半っていう時期には、北朝鮮は素晴しい社会主義建設がそこでなされていて、貨幣がなくなるというところまで社会主義の段階が到達したという風にいわれた国なわけです。ある面では僕らの、心のよりどころでもあった。それがかくも無残に壊れていくわけですが。つまり、僕らが夢に見、ユートピアと思い込んだところだから、そこがどのような形で壊れていくのかっていうのは、絶対見てみたいと思うんだよね」 ーーそういう風におっしゃるとき、革命理論としてのマルクス主義というのは、宮崎さんの中でどのような痕跡をとどめているんでしょうか。要するに意識の上では薄まっても、いつの時代にもあるものなのか、あるいは、ある時期に置き忘れてしまったものなのか。 「やっばり薄くじゃなくて色濃くありますよ、それは。マルクス主義が集大成されたひとつの思想として卓越したものであることは事実だと思いますよ。ただ、その限界も見えてきたと思いますが。しかしながらマルクス主義以外の思想に、マルクス主義に心震えたときのような感動を与えられたことは、僕の場合ありませんね」 北朝鮮の崩壊のその現場には立っていたいと思います。僕らがユートピアと思い込んだところですから。 ーー早稲田大学に入学された65年頃、大学は革マル、青解、民青の三派鼎立状況にあったとのことで、65年生まれの僕にはサッパリ想像がつきませんが、なぜ宮崎さんは日本共産党だったのですか。 「65年というのは日本共産党の非合法性がまだ色濃くあった時代なんですよ。当時、日本共産党は早稲田の場合だったら”細胞”という名前を使っていた。細胞というのは非合法を前提としているわけです。それが66ないし67年に〃支部”というように名称が変わる。つまりそこから非合法性をできるだけ排除していこうという風に変わっていくんですけど。僕の捉え方としては革命の本体は共産党だと。戦前の治安維持法下の活動からその後の中核自衛隊武装闘争というのを経て、非合法活動に関するノウハウも経験もある。口先では各セクトとも勇ましいことをいうけれども、非合法の本家本元は共産党じゃないかと。非合法性に対する考え方が全然違うんですよね。世の中をひっくりかえそうという非合法性ですから、それはもうすごいもんですよ。たとえば自衛隊の中とかね、警察の中とか、それから官僚の中に共産党の組織がはっきりありましたから。 いまはあるかないか、よく知らないけど。大学入ってデモなんか出るな、図書館で勉強しろ、という使命を受ける人もいたわけです。使命を受けた彼らは上級職に受かってキャリアになっていく。デモに出てギャーギャーやりたいというのもあるだろうけど、そんなのはガキの遊びだっていう考え方がありましたよね。つまり革命の本隊としては、権カをいかに奪取するか、そこに真剣にまた現実的プログラムをもって迫れる勢カとしての共産党というのが存在したんですよ」 ーーそこで宮崎さんは最前線のゲバルトすなわち暴カの部分を担われた。〃あかつき行動隊の現場責任者であったわけです。その頃のゲバルトのリアルな記述のみならず『突破者』には血煙が立ち昇るような場面が少なくありません。それこそが絶対に一般化して語れない突破な生き方なのでしょうが、あえて宮崎さんに暴力そのものについての一般論をうかがいたい気がしますね。 「暴力にはいろいろな種類があると思うんだよね。しかし一番の暴力が何かといったら、それはイデオロギーの暴力だろうと。つまりイデオロギーがいかにたくさんの人を殺してきてるかってことがあるわけですね」 −ー宗教戦争も含めて。 「含めてね。一番最近の例ではっきりしてるのはポル・ポトがたくさん人を殺しているわけです。これはまさしく65年以降の話ですよ。い蒙の間題なんですね。これは250万人殺したというわけでしょう。ヒットラーのファシズムが3000万殺したとかいわれる。これもイデオロギーですよね。その後、スターリンが何人殺したか。これも1000万とか、一説には5000万人とかいわれる」 ーー実にものすごい数です。 「つまりイデオロギーが一番たくさん人を殺しているんです。暴カという点でいえば。それに対して僕らが暴力といわれるのは、いわゆる市井の暴力なんです。こんなのは大した数じゃないんですよ。山口組と一和会の抗争事件で何十人か死んだ、という程度なもんじゃないですか。暴カに反対するイデオロギーもあるわけですね、『民主主義』イデオロギーというものなんですけども。しかし呉智英的にいえばね、『民主主義』イデオロギーというものがいかにたくさんの若者を戦場に送ったか。つまり暴カに反対するイデオロギーっていうのは、実は一番暴力に対して弱いイデオロギーなんですよね。本来、暴カに反対するイデオロギーは暴カに対して強くなきゃいけないわけですけど。たとえばファシズムと一番闘ったのは何かということなんです。日本のファシズムもそうだし、ドイツやイタリアのファシズムもそうなんだけれども、一番闘わなかったのが民主主義のイデオロギーですよ。つまり、日本、ドイツ、イタリアのファシズムを粉砕したのは、アメリカとイギリスの帝国主義イデオロギーなんですよ。それとスターリニズムなんです。これがつまりファシズムを潰したんです。そのとき『民主主義』イデオロギーは何をしてたかっていうと、何もしなかった」 ーーすると市井の”まつろわぬ一無頼”である宮崎さんは市民社会とどうつきあっていくのですか。 「僕はいまの『民主主義』社会というのは、蟻の一穴で崩壊する可能性のある、非常に底の浅い社会だと思ってるんです。新進党とか、民主党とか、なんとか党とか、太陽党とか、スイギントウとかいっばいあるけど、若い人が見ててあのおっちやんたちがやってる姿がどう映っているか。要するにテレビに出る回数が多いとそれが票に繋がるとか、その程度のおっちゃんたちでしょう。そんなのもう皆見抜いてますよ、本音の部分では。だから、いまの制度の擬制の有り様をいかに言い続けるかというのが、僕の仕事だろうと思って史す」 アフター・アワーズ 文芸のことなど ーーところで宮崎さん、マルクス・レーニン主義に関する本以外って、それ以前に読んでらっしゃいました? 「読んでないんだよな、いきなりマルクスだから(笑)」 ー−小説なんてのは…… 「小林多喜二だからね」 −ああ、『蟹工船』。「要するにプロレタリア文学から入ってるからね」 ーー学生時代に親しまれた? 「いや、それしか読んでないんです」 ーーそれしか読んでない……。たとえば『蟹工船』を読んで「よく書けてるなあ」とか思いましたか。 「『よく書けてる』じゃなくて、『俺もこうなろう』と思う」 ーー恋愛小説なんかはどうです 「難しいね、あれ。わかんない」 −さて『突破者』が15万部売れて、映画化も決まりました。ご心境は? 「地上げと恐喝の中に生きていたかったんだけども、突然文筆みたいなことになって、やはり戸惑ってますよ、私は」 いまの制度の擬制の有り様をいかに言い続けるかというのが、僕の仕事だろうと思っています
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