vol. 2

光の支配、復讐する闇


昼の明るさのなかに、漆黒の闇がじんわりと滲みだしてきた……。


 
「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る十四の少年が、神戸市須磨区で行ったといわれる少年や少女の殺傷事件を振り返るとき、わたしのなかに浮かぶのは、そんなイメージだ。とりわけ、友が丘中。学側校門のところに小学生の生首が置かれていた状態を想像すると、平板なる「明るさ」によって追放された闇が、ここに噴出したという想いがする。いわば、闇による明るさへの復讐。

 
戦後の、とくに、ここ二十年ほどの日本社会は、ひたすら明るさを求めて闇を排除してきた。街はどんどん明るくなり、住宅は、どれもこれも同じような規格の箱として明るく清潔になり、そこに住む人も、腹のなかはともかく、表向きはスッキリシャンと明るい。テレビの画像を通して見ただけだが、須磨区の例の街なども、その典型のように思える。ニュータウン独特の、区画をきっちり分割する道路と、そこに建ち並ぶ清潔で明るい住宅。そこには余計なものは何一つなく、得体の知れない空間というようなものもない。昔からの、自然成長的にできた街には、常に雑多な要素があり、それに伴う汚れや歪みや凹みがあるものだが、ここには、それらしいものが見当たらない。そればかりか、あの街にはコンビニエンス・ストアもなかったというから、そこにガキ共がたむろするというような風景も見られなかったわけだ。

 もちろん、明るいのは、街だけではない。学校もまた、明るさによって支配されているのだ。たとえぱ、国語作文教育研究所所長の宮川俊彦は、「少年問題を顕在化してきた高度成長期終焉以後の一連の流れ」を、きわめて簡潔に、「七〇年代の学園紛争は、政治的というよりも内発的な発現として見た場合、そのべクトルは結果的には警察力と硬直化した思想集団によって抑えられた。次の暴走族は道路交通法によって抑えられた。次の校内暴力は生活指導強化と徹底した管理化によって抑えられた。次の家庭内暴力は、警察力もあるが親たちがそれをかわして逃げたことによって抑えられた。八O年代に入っていじめが現象化した」と定式化しているが
(「作文教育の現場から見た「透明な存在』の正体」/「諸君!」九月号)、この、子供たちから発現されるものを一貫して「抑え」てさた道筋こそ、闇を放逐して明るさが支配強化していく過程にほかならないのである。

 だが、宮川俊彦のこの指椅は、七〇年代以降の日本社会の閉塞状況を考えるうえで重要だと思われるので、わたしなりにパラフレーズしながら読み砕いておこう。すなわち、まず、「学園紛争」における力の発現は、権力に向かうと同時に、学校を外へ開こうとする方向性を持っていたといえよう。そして、この権カへと、外へというベクトルは、より無意識に、また曖昧になりながらも、暴走族にも受け継がれていたのである。彼らは、学校や家庭の外である街路へと出でいって、その力を発現しようとしたのだ。しかし、それは道交法によって「抑えられた」。まさに、街は浄化され、明るくなったのである。すると彼らの外へ向かっていた力は、一転してその方向を転じ、学校の内部へと向かうようになり、校内暴力となった。たが、それも「生活指導強化と徹底した管理化」によって「抑えられ」る。すなわち、学校のクリーン化と管理化による暗部の追放である。そして、学校のなかで行さ場を失った力は、より内向して家庭の内部へと向かい、家庭内暴力として現れる。しかし親たちは、それに立ち向かうよリはむしろ、「それをかわして逃げた』。ここからは、むろん、それだけが原因ではないが、友達親子のような親子関係が一般化し一極端な放任と極端な干渉が、それこそ躁鬱状態のようにして家庭という共同体を捕らえるようになる。

 別役実は、宮崎学との
対談のなかで、犯人の少年の家庭に触れて、「……子供たちの動静は、常に母親とか父親とか、兄弟とか、近所の人たちとか、周囲の人たちにある程度は知られていたでしょ。でも、今回、家族には知られていなかった。それが現代のある種の荒廃を示している」と語っているが(「RONZA九、十月合併号「犯罪季評」)、わたし自身の経験では、彼がここで前提としているような家庭の常識は、いまでは、ほとんど通用しなくなっているのではないか、と思う、というのも、わたしが身近に知っている十七、八の少年たちのなかには、友達の家を泊まり歩いて、一週間も家に帰らないというような連中がザラにいるからだ。それで親は何もいわないのかと尋ねると、ウン、一週間ぐらいなら、心配しないと、アッケラカンとした顔で答えるのである。そういう子だからといって、とくに不良がかっているわけではないが、家庭のありようとしては、そこではすでに一つの共同体としてのかたちを失って溶けてしまっている、といっていいだろう。

 そんな極端な放任が一方にあると思えば、他方には、有名幼稚園に入れるために幼児のとさから塾通いをさせるような過保護・過干渉の家庭があり、そちらはそれで、家庭がそのまま学校化しているのだ。むろん、これらはいずれも極端な例たが、しかし、わたしの実感としては、八O年代を経て、日本の家庭は、崩壊したというよりはむしろ、溶けてしまったという印象が強い。だから、例の少年の家で、一方では別段がいうように、子供がやっていることに親が何も気付かないというような欠落がありながら、他方では、親子でボランティアの草むしりをやるというような、なんともアンバランスな状態になるのも、不思議ではない。ここには、宮崎学がいうような、親子の「動物的な愛情」はすでになく、家庭についてのある種のイメージがあるだけなのだ。いわば、イメージとしての明るい家庭をなぞるなかで、家庭を成っ立たせている愛情(あるいは愛憎)の絆はとっくにほどけていたというわけである。

 それも、家庭内に向かった子供の情動を、宮川がいうように、親が「かわして逃げた」つけが回ったためかもしれないが、いずれにせよ、そこから「自分の周辺領域」の「異質さに対する攻撃や排除」としての「いじめが現象化」する。しかも、そのような八○年代に、「ネアカ」「ネクラ」といういい方で、「明るさ」が価値づけられ、「暗さ」が排斥されたことは象徴的である。「明るい」も「暗い」も、もともとは相対的かつ相補的な概念でしかないのに、それが優劣の概念へと置き換えられ、さらにそこから「暗さ」が放逐されることになったのだ。これは、社会全体が、わけのわからないものをなくして、すべてを分明なものにしていくという方向で加速していった事態に相即しているといえよう。すなわち
闇の追放である。

 これは、たんにイメージの問題ではない。実際に、八○年代から九〇年代にかけて、「風営法」改正や「暴対法」の成立、パチンコ店へのプリペイド・カード導入など一連の施策が、何を狙って行われたかを見ればいい。闇の追放である。なかでも、ヤクザの生存権を剥奪する「暴対法」が、もっとも露骨にその意志を表しているが、いずれにせよ、これらが、社会の境界領域に存在する暗部を根絶やしにして、市民社会を明るく清潔な状態で管理しようとしたのは確かだ。だが、人間が、また人間の社会が、ただ明るく清潔になど存在し得るはずもないから、これに導かれるのは、明るく清潔なファシズム以外ではない。

 もっとも、不分明なものをなくして分明なものへという運動は、このような局面においてのみ展開しているわけではない。現在の社会を動かす最大の動因である資本主義そのものが、商品の無限の細分化を通して、不分明なものに次々とかたちを与えて分明なものにしているし、科学にしても医学にしても、常にそれまで判然としなかったものを明らかにして、闇を駆逐することに努めてさたのだ。その意味では、近代化の運動自体が、明るさの支配権確立を目指して突き進んできたといえようが、それが、現在の日本のように平板に全面化したのは、やはり、戦後という時代の底の浅さによるのであろう。

 一言でいってしまえば、欲望や情動が渦巻く人間の暗部を直視しない人間主義や、本来平等ならざるものをかたちだけ平等化する平等主義が、近代化という動力に突き動かされて、平板な明るさが支配する社会を招来したのだ。そして、とくにここ数年、行き場を失った闇は、家庭を通り越して、孤立した個人の身体と意識のうちに閉じこめられ、外からの光の明るさに耐えていたという気がする。しかも、始末の悪いことに、この身体は、すでに健康な身体感覚を失っていたのである。

 「酒鬼薔薇聖斗」を名乗った少年は、少女たちを金槌で殴って殺したり、ナイフで刺したりしたあと、何度か「人間というのは壊れやすいのか壕れにくいのか分からない」と事いていたようだが、二こには、そのような身体感覚の欠如がはっさりと現れている。いったい、このような欠如は何によってもたらされたのか。われわれは通常、殴り合って怪我をしたり、病気になったりというような経験のなかで、痛みを通して、自分の身体のありようを知るが、この少年に、そういう経験がまったくなかったとは考えにくい。ただ、最近の子供は喧嘩をしなくなったというから、そういう意味での身体の学習が乏しいということはあるだろう。また、これも現在の子供に一般的なことでしかないが、メディア環境や、バーチャル・リアルなゲームやビデオ映像に親しんできたことが、生身としての人間の身体というものに対するリアルな感覚を疎遠にしたということも考えられる。しかし、いずれにせよ、さまざまの欲望や情動が、ノーマルなかたちで発現する回路を失ったまま、彼一個の身体と意識のうちに、闇として滞留していたということは想像できる。

 想像を絶するのは、むしろ、その闇そのものの空虚さである。これは、虚無といい替えてもいいが、かつての闇には、闇を形作るなんらかの歴史的・現実的な実質とでもいうぺきものがあったが、この少年の差し出した闇にはそれがないのだ。学校にせよ家庭にせよ、一般的な条件として何か作用をしたのは明らかだが、その核心は、空虚なのだ。空っぽの虚無があるだけなのである。その意味で、この一文の事さ出しは、次のように書き直さなければならない。すなわち、
白昼の明るさのなかに、真っ白な闇が滲みだしてさた…と。白のなかの白い闇。これはいったい何なのか。

★「リトルモア」は地方ではまったくみない「マボロシの本」であるそうな。しかし、これは「8割以上の本が闇から闇へ消えて行き、よい雑誌は続かない」というこの国の豊かさの貧困のなかで果たして続くかどうか心許ないが、センスがキラリとする内容がある雑誌や。右の1巻とともにこうといたらええ、とおもう。おもろなかったらわし、そのアホにカネかえしてやる..といいたいけど、面倒だからやめとく(^^)

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