田中の無罪判決をタイの新聞はどのように報道したか

タイ国で発行されている2紙の英字新聞のひとつ The Nation 紙は、パタヤ偽ドル事件裁判について判決翌日(6月24日)の紙面で次のように伝えている。(以下、英語よりの翻訳)

元テロリストの偽札嫌疑に無罪判決


ドル札偽造容疑で裁判を受けていた日本人の元テロリストに対して、容疑事項についての証拠不十分を理由に無罪判決が昨日言い渡された。


 田中義三は今後日本へ身柄が移送されて、日本赤軍メンバーであった1970年に行った日航機ハイジャック事件の容疑者として刑事裁判を受けることになる。


 42か月にわたった本偽ドル事件裁判の相被告人のうち3人が無罪判決を、また他の2人、ソムチャイ・ジャントーンとニヨム・プラサートに対しては、偽ドル札の所持および使用の罪でそれぞれ45か月の禁固刑が宣告されたと、チョンブリ裁判所は発表した。


 在タイ日本大使館は先月身柄引渡要請を提出しているが、身柄引渡の審議に入る前にいくつかの書類が必要となる。昨日、本紙のインタビューに答えて同大使館のスポークスマンは、「日本政府は必要なすべの情報をタイ政府にすでに送付済みであり、現在はタイ側からの公式な回答を待っているところである」と語った。日本側としてはできるだけ速やかに身柄引渡が実行されることを望んでいるという。


 判決が読み上げられて日本語に翻訳されると、裁判所につめかけていた田中の支援者たちを含む約80名の日本人の間からはどっと大きな歓声があがった。田中の顔写真入りのTシャツを着た10代の少女も何人かまじった支援者達は「無罪」と大書した横断幕を高々とかかげていた。


 その後本紙がインタビューした田中の支援者のなかには、田中氏がベトナムへ政治亡命を求める可能性、さもなくば滞在が許可されているというカンボジアへ戻る可能性について語るものもいた。さらに、妻(北朝鮮で知り合った)と2人の子供がいる北朝鮮へ田中が戻るという選択肢があるとも語っていた。


 本裁判の結審前に田中は、在バンコクの日本の通信社に宛てた手紙で、自分はタイ・日本国間の身柄引渡取引によるのではなく、あくまで自分の自由意思で日本へ帰ってハイジャック事件の裁判を受けるつもりであると述べている。
 
 
無罪判決を受けても身柄引渡


 判決では、田中の無罪理由として、カンボジア時代の元共同経営者が本事件での田中の関与を述べた以外は、十分な証拠といえるものが法廷に提出されなかったことをあげている。


 この元共同経営者、児玉章吾は、別の裁判の同じ容疑で1997年7月に2年半の禁固刑の宣告を受けているが、彼の語っているところでは、カンボジアで自分を逮捕しタイへ連行したアメリカのシークレット・サービスの捜査官の脅迫によって自分は田中氏の関与を無理矢理証言させられたという。


 日本赤軍によってハイジャックされた飛行機が1970年4月30日に北朝鮮の平壌へ飛び立つ前に韓国の金浦空港へ着陸しているが、その時の着陸許可に関して重要な関連があるとして、田中(現在50歳)は韓国からも指名手配を受けている。


 本紙が取材した韓国大使館関係者は、プノンペンで押収された偽ドル札から田中の指紋が見つかっているにもかかわらず田中が無罪判決を受けたことを遺憾に思っていると語った。


 伝えられるところでは、アメリカのシークレット・サービスは、必ずしも本偽ドル事件の容疑者として田中の身柄を確保したかったのではなく、70年のハイジャックで平壌に入って以来田中が親しくしていた北朝鮮政府の人間がカンボジアで行っていた活動についての情報を田中から得るためだったとも言われている。


 また、当時シークレット・サービスは、カンボジアやタイの観光地パタヤなどで広く使用されていた偽造ドル紙幣が北朝鮮で印刷されたもので、「スーパーK」の呼称で犯罪組織を通じて流通していたことについて捜査していた。


 チョンブリ刑事裁判所は、本事件の2人のタイ人被告、ホテル・ウェイターのソムチャイ・ノンサイとプラソング・ポペットに対しては、2人とも自分が22万5千バーツに両替したドル紙幣が偽造紙幣であることを認識していなかったとして、無罪判決を言い渡した。一方、この2人に両替を命じたソムチャイ・ジャントーンはもう一人の被告とともに有罪判決を受けている。


 判決によれば、96年1月の逮捕の後にソムチャイ・ジャントーンが行った自白が、大量の偽ドル紙幣を所持していたニヨム・プラサートの逮捕につながったという。


 カンボジアで児玉章吾の商売相手であったロパチャイ・チャナチャイチョンも、証拠不十分で無罪判決を言い渡された。
 一方、外交筋の語るところでは、北朝鮮の外務省アジア・太平洋課長、マ・チョル・ス氏が本裁判を監視するために6月22日にタイに入国したという。


 また伝えられるところでは、3名から成る本視察団は、最近発生した北朝鮮外交官とその家族の拉致未遂事件で険悪化しているバンコク・平壌間の関係を改善する目的で来タイしたとも言われている。この拉致未遂事件には2人のタイ国出入国管理官も関与している。

(The Nation 紙の記事終わり)



もう一つのタイの英字新聞 Bangkok Post 紙も、本偽ドル事件裁判の判決について同じく6月24日付けの紙面で次のような報道を行っている。


テロ容疑者の紙幣偽造容疑に無罪判決

身柄引渡裁判のために田中の拘留は継続
バンラウィー・タンスバポン記者、ヌッサラ・サワツァワン記者
チョンブリ発

昨日、6月23日、チョンブリ地方裁判所は、ドル紙幣偽造容疑で3年以上にわたって当地で収監されていた元日本赤軍メンバーと思われる田中義三に対して無罪判決を言い渡した。


 ただし、ウィロート裁判官が述べてところでは、田中氏は無罪判決後も、検察側控訴と日本からの身柄引渡要請に対する裁判所の決定が出されるまで少なくとも30日間は拘留され続けることになるという。
 田中氏(現在50歳)は、96年初頭にパタヤで90枚の偽100ドル札(22万5千バーツ相当)を使用した5人のタイ人と外国人に協力した容疑で、同年3月にカンボジア・ベトナム国境で逮捕された。


 田中氏は、1970年に日本の旅客機をハイジャックして北朝鮮へ逃れたとして起訴されており、日本が指名手配中であった。バンコクの外務省次席スポークスマン、スパット・チトラヌクロー氏によれば、現在タイと日本の間には身柄引渡に関する二国間協定が存在しないため、田中氏の身柄は1929年の「身柄引渡国際条約」にもとづき移送されることになるだろうという。


 日本側は先月すでに身柄引渡要請をタイ側に提出しているが、タイ側は、その要請に答えるには、まず日本からの逮捕状、裁判所の判決、および将来同様の状況が日本で起きたときにタイ側が要請した場合には日本がタイ人犯罪者の身柄を引き渡すという確認を得る必要があるとしている。


 タイ政府は、田中氏の身柄引渡は政治判断に関わるものであるとして、裁判所の決定が出された後にタイ日関係の観点からこの問題を検討するという姿勢を従来からとっていた。
 ウィロート裁判官の下した判決では、1238枚の紙幣の1枚からのみ1組の田中氏の指紋が検出されたということは、田中氏が偶発的に紙幣に触れたという可能性も考えられることから、押収された紙幣の流通に田中氏は関与していなかったと判断された。


 さらに、在プノンペンの北朝鮮外交官とともに同大使館の車で移動中に田中氏が国境で停止を命じられたときに、田中氏が所持していたと思われる400ドルの紙幣には偽ドルは含まれていなかったと警察も言っている。


 「このことは、1238枚のドル紙幣の持ち主が田中氏であると断定する証拠はないことを示している」とウィロート裁判官は述べた。


 本事件の相被告人の2人、ソムチャイ・チャントーンとニヨム・プラサートに対しては、偽ドル紙幣の使用および所持の罪でそれぞれ3年9か月の禁固刑が言い渡された。この2人は、原告側に合計22万5千バーツを共同で返還することを命じられた。


 田中氏の弁護士、サンティ・ティプターミャ氏は、身柄引渡裁判の場合は保釈が認められていないので、検察控訴を待つ間にも、タイ政府は田中氏の身柄引渡を審議を開始することもできると語った。


 いずれにせよ裁判所は、田中氏の身柄引渡が可能かどうかを審議するための公判の日程をこれから設定することになる。


 サンティ弁護士は、田中氏は日本へ帰れば罰を受けることを覚悟のうえで本人は日本への帰国を希望していると語った。田中氏はハイジャック事件については自ら過ちを認め反省の意を表明していると伝えられている。

(バンコク・ポスト紙の記事の終わり)