ブック・オブ・ザ・イヤー '96より -
日本中を震撼させ、12年たった現在も犯人が捕まっていないグリコ森永事件。その主犯格と目されたのが「キツネ目の男」で、その似顔絵がテレビで全国で発表され公開捜査になるや真っ先に事情聴取されたのが宮崎学氏(51)である。事件後、顔を公開するのは今回が初めてのことである。
グリコ,森永事件は、84年3月の江崎グリコ社長拉致・監禁事件から始まった。犯人は「かい人20面相」と名乗り、その1年5カ月後に犯行終結宣言するまでマスコミ、大企業、警察に脅迫状、挑戦状を送り付け、世間の耳目を集めた、戦後屈指の連続企業恐喝事件。警察が総力を挙げて捜査していたが、2000年2月に時効が成立する青酸入りチョコばらまきの殺人未遂事件を除きすべて時効となってしまっている。
宮崎氏は、京都にある地元暴力団組長を父親にもち、ヤクザに囲まれて少年時代を過ごした。早稲田大学時代は日共系活動家として大学闘争に参加、雑誌記者を経て、土建関連業に就く。その間、ゼネコン恐喝容疑で逮捕歴もある。この幅広い「裏社会」での交友関係も事件容疑に関連づけられている要因になっているのだ。
すでに「週刊文春」で取り上げられ話題になっているが、今回宮崎氏が自ら波瀾万丈の50年の生き様を語った自伝「突破者」(南風社刊)を出した。改めて、事件を振り返って心境を語って貰った。
「”キツネ目の男”の似顔絵を見ても、最初は、正直なところ別に似ていると思わなかったし、『あ、そうかな』ぐらいしか思いませんでしたよ。周りからは確かに『似ている』とは散々い言われたけど、今にして思えば私にとっては名誉なこと。むしろ、あれだけの大きなことを成し遂げた人を尊敬します」(笑)。
「この事件で一番感じることは、状況証拠はそろっているわけで、もし、私にアリバイがなかった場合、グリコ犯として確実に逮捕されただろうということ。冤罪にされる可能性が極めて高かったということです。その点では、松本サリン事件で第一に疑われた河野義行さんと気持ちが重なる部分もあります。結果的に、払にはアリバイがあって幸運だったと思っていますけど」
では、宮崎氏自身、真犯人をどう推理するのか。
「周到な準備を重ねた計画的犯行で、数年間の準備と億単位の金を動かせる背景のあるヤクザを含むアウトローの犯罪プロフェッショナル集団ということです。犯人は絶対、捕まりませんよ。私のような裏社会にいる人間がもつ感性と経験と知識と情報を総合すれば、この程度のことはだれでも分かります。あと、警察捜査にも問題があります。チクリ(密告)と取引捜査を中心にしてきた従来の警察の手法が限界にきたということてすね」
今後は、第2弾として、バブル時のゼネコンと金融機関に関した暴露本を、実名入りで書く予定という。なにしろ、宮崎氏自身が渦中にいたのだから、かなり核心に迫る内容になるはずで「青くなる人たちが相当いるでしよう」(宮崎氏)と自信満々である。
最後に宮崎氏はグリコ・森永事件の犯人にこうメッセージを送る。「彼らがこの本を見て、私に連絡してくれることが夢であり希望でもあるんです。もし、実現したら『一緒に本でも出さないか』と呼びかけたい」