特選ノンフィクション - 週刊現代 96/10/28号より -


「名門ヤクザ」の御曹司を振り出しに戦後日本の暴力史を生きた男の回想

(評者 吉野仁・文芸評論家)

「キツネ目の男〕の話題の手記が出た。

グリコ・森永事件の真相に迫った一橋文哉「闇に消えた怪人」(新潮社)のなかで「最重要参考人」として登場したMこと宮崎学による自伝「突破者」である。

これが半端なものじやない。もちろん、グリコ・森永事件にまつわる数々の興味深いエピソードもさることながら、宮崎氏の人生そのものが、戦後日本の闇の歴史ともいえるほど、数奇にみちているのだ。暴力団、左翼、右翼、そして裏稼業に暮らす数多くのアウトローたちに囲まれながら文字どおり体を張って生きてきた男の、闘いの記録なのだ。

宮崎学は、昭和20年の秋に生まれた。父親は京都の名門ヤクザの親分。まだ敗戦後の混乱が続くなか、喧嘩に明けくれる少年時代を送る。まずは、そのエネルギーにあふれた過激な毎日に圧倒されてしまう。早大法学部に入学した時、すでにマルクス思想に傾倒しており、血みどろの東大全共闘との攻防をはじめ、大学紛争の渦中にいたのだ。当時から公安や警察に徹底的にマークされていたのも当然のことだった。その後、『週刊現代』記者を経て京都に戻り、稼業を継ぐ。

なによりすさまじいのは、土建屋を継いでからの、金策に走りまわる日々である。場当たり的な経営を続けていたヤクザの会社だったため、自転車操業で資金繰りに奔走しなければならなかったのだ。まさに地獄。ぎりぎりのところで、いかに返済の金をこしらえていたか、きわめて生々しい話が次々に明かされる。

妥協なき生き方で

その後、ゼネコン恐喝で指名手配され、京都府警に逮捕されるはめに陥る。グリコ・森永事件では、担当の刑事から、学生運動歴や関西での交友関係、マスコミ関係、そして会社の借金問題など、徹底的に調べられ、アリバイを確かめられたというが、犯人の疑いをかけられたのも無理はないと思えるような経歴である。まる一冊、戦後の日本の暴力史にかかわっているのだ。

この自伝のもう一つのみどころは、「非情と人情」のすさまじい現実をつきつけられる部分にある。誰もが多数派形成ゲームに狂奔し、力をかさに正論を主張する。果てしない欲と業にからめとられ、堕ちていく。その一方で、官僚主義がはびこり、お上のもと、管理社会が進む。だが、それでも「切所でびびらず、相手に妥協せず、自分を捨てて生きる」者がいる。非情な世間に対し、「侠」に生きる男たち。

「突破者」とは、相手が誰であろうが理不尽な仕打ちに対して断固として戦う無茶者のことだ。大きなものや他人にすがって生きようとはせず、おのれのことはおのれで始末をつけて生きる。彼らは、桁はずれに情の厚い人間でもあるのだ。そんな「突破者」の生き方はかなり乱暴だが、熱く面白い人生なのである。