命がけの話がしたい - 北海道新聞 96/12/02 読書欄より -


破天荒な自伝「突破者」を書いた宮崎学さん

とにかく、めっぽうおもしろい。戦後五十年を駆け抜けた一人の型破りな男の自伝。それはタテマエ優先の日本社会が隠してきた"裏"の戦後史でもある。

敗戦の年に京都のヤクザ組長の息子に生まれ、不良少年時代にマルクス主義に傾倒。大学では学生運動に明け暮れた。その後、家業の解体業を継ぎ、倒産や夜逃げも経験。荒事にも手を染めて警察ににらまれグリコ・森永事件ではキツネ目の男に疑われた。

ヤクザの抗争。学生運動のゲバルト。土建業界の内幕に、バブル期の地上げ。ほめられた行為ばかりではないが、「侠(きょう)」があって人間くさく、男っぽい。同時に、陰の部分を異物として排除しようとする現在の日本の危うさについて、考えさせられる。

「侠とは、損と分かってやれること。それが今ではすっかり失われ、損か得かだけで判断するのが正しいと言われる時代になった。いろんなものが混在してこそエネルギーが生まれると思うし、自分たちと同質じゃないものを排除することが社会全体の活力を失わせてるんじゃないかな」

鉄砲玉となって現場へ飛び込んでいく、たぎる思いと、一歩引いて社会背景を批評・考察する冷静な目の混在が魅力。何より、体を張って生きる者への熱い共感がある。涙の無責任さや銀行の思案を指弾する一方で、市民社会や"人権派"の欺まんを痛烈に批判。ホンネの主張が小気味いい。

「突破」とは関西弁で無茶者のこと。学生運動の体験を売り物にしたり懐古に走る風潮に腹が立ち、同世代に「もっと元気出そうや」とのメッセージを込めて自伝を書いた。「批判があれば受ける。命がけの話をしたくて遺書のつもりで書いたんです」温和な笑顔の奥に「突破」の意地がのぞいた。

北海道新聞1996/12/02読書欄
『訪問』より

文:森川潔記者

北海道新聞