日本経済新聞 - 96/11/3付読書欄 -
どの国にも、合法かつ合理的な経済活動とは違う論理で動く「カネの世界」が存在する。いわゆるアングラ経済、裏の経済である。日本の場合は暴力団、その企業舎弟、様々な仕事師たちによって築かれた地下茎のような社会だ。本書はグリコ・森永事件の「キツネ目の男」に擬せられた人物によって書かれた。著者は暴力団組長の息子に生まれ、差別と貧困の実態を身近に見ながら育った。けんかに明け暮れた少年時代を経て、学園紛争当時は共産党のゲバルト部隊を率いている。週刊誌記者、会社経営、逮捕、倒産−−。波乱に満ちた五〇年の生涯ではあるが、本書のおもしろさは非合法、あるいは反権力的な生き方に潜む論理と心性を解き明かしていることだろう。
「この資本主義社会では、少なくとも貨幣が激流する経済の先端では金はすなわち力であり、人格を主張表現する唯一の基盤である」。金=力、つまり力が金を生む。そのための手段は、だます、脅す、時には殺人と、必然的に「暴力」のにおいを放つ。グリコ・森永事件にしても著者の推測では経済事件の様相を帯びる。乱暴な企業恐喝とみせながら、乱高下した被害企業の株の売買益が真の狙いではなかったかと。バブル期は地上げなどを通じて経済ヤクザが合法経済と融合し、一部の大企業は平然と地下経済に接近した。「日本資本主義が戦前から営々として積み重ねてきた『闇(やみ)の方程式』が表に一気に噴出したのが、バフルのもうひとつの側面であった」。バフルの狂乱は、日本経済の"下半身"を暴露した。正統派ビジネス宮の合わせ鏡である本書の中に、その生々しい姿が映っている。(南風社・1800円)
日本経済新聞 - 96/11/3付読書欄 -