世界一怖いオヤジ対談


片や、空前絶後のオヤジを描いた『血と骨』の梁石日。片や、昭和の裏面史を駆け抜けたふたりの男を追った『不逞者』の宮崎学。このふたりが、世紀末に指針を失くした家族についで語り尽くした!帰る場所を失くしてしまった僕らはどうすればいいのか?そして、壊れてしまった家族につける薬はあるのか?熱弁120分。とくとお読みあれ!


小説『血と骨』を読ませていただきました。きっと誰もが「金俊平」という登場人物(梁さんのお父さんがモデル)に驚かされると思うんですよ。180センチ.100キロを超える体格、、凶暴な性格、空手の有段者やヤクザをまとめて叩きのめす腕っぷし。さらに、博打に明け暮れるわ、欲望の赴くままに女をヤツてしまうわ…。しかも、ケチなんですよね(笑)。こんな父親がひとつ屋根の下にいたら息苦しかったと思うんですが−。まず、おふたりのお父さんの思い出話からお話しいただきたいのですが。

 とんでもない親父だったからね。息苦しいなんて生易しいもんじゃない(笑)。この親父のために家族みんなが不幸になったという思いかずーっとあったわけですよ。じゃあ、どうしたらいいか?と考えると、腕ずくで倒すしかないんです。やりましたよ、何回もケンカを。でも、絶対に勝てなかったね。

宮崎 そりゃそうでしょう。本を読む限りだと日頃の訓練が違いますから(笑)。

 包丁を持っても勝てなかったからね。僕もケンカが弱いほうじゃなかった。外で負けたことなんてなかったから。でも、なぜか家の中では勝てない(笑)。どうしても親父に一発食らわせてやりたかった。だから、考えた挙句、小林寺拳法を習いに行った(笑)。

宮崎 うはははは。

 もう、ひたすら練習しましたよ、3年間も。で、とうとう黒帯を取るまでになったの。黒帯を取るためには瓦を5枚とか6枚とか割らなあかんわけよ。それができるようになったから、「親父の肋骨の一本ぐらい折れる」と意気込んで家に帰って、道着に黒帯を巻いてオヤジのまわりをウロウロしてやった(笑)。明らかにケンカを売ってるわけですわ。

宮崎 来るなら来いっ!と(笑)。で、勝てたんですか?

 いや、全然、相手にならなかった(笑)。掴まって終わり。、

宮崎 やっぱり、鍛え方が違うんですよ(笑)。

 宮崎さんのお父さんは由緒あるヤクザだったと『突破者』で読みましたが。

宮崎 ええ。梁さんのお父さんにはかないませんが(笑)、ひどいものでしたよ。僕のおふくろの頭には2本線の傷があったんです。物心ついて「どうしてできたのか?」と聞いたら、「親父に下駄で殴られた」って(笑)。

 ははは.


宮崎 うちの親父は解体屋でしたから地方に半年とか工事に行くんです。家族はお金を持って帰ってくる父親を待ちわびているんですが、これを全部、博打でスッてしまう。おふくろは亭主に文句を言うなんてことができなかった人だったんですが、態度に出てしまったんでしょう。〃その態度が気に食わない”っていうんで、ポカリと(笑)。しかし、ケンカの強い親父っていうのは怖い存在ではありましたけど、どこかで誇らしく思っていませんでしたか?

 ありましたね。非常に憎んではいましたけど、一方て畏怖していましたよ。

宮崎 今は、年上の友達のように接する父親がいいとされるんでしょう。でも、僕らにとって父親というのは圧倒的に〃大人”なんですよ。すべてのことに精通しているし、良いことも悪いことも経験済み。ケンカも強い。そんな人が父親だったわけですね。今の人にそれを求めたら酷だけど、自信もないから友達付き合いしかできないんだなとも思いますね。


宮崎 そういえば、家庭内暴力って言葉があるでしょう?


 ええ。

宮崎 うちの息子なんかは僕を見て育っているから、〃父親が家庭内で暴れて子供を殴ることだと理解していたんですよ(笑)。今年で25歳になるんだけど、今でもそう思っています。

梁 うちの息子は35歳になるんですが、ボクシングやっていたんですよ。朝鮮高校時代はチャンピオンになったこともあったぐらい強いんです。

宮崎 ほほう。

 体も180センチ以上あって。まあ、隔世遺伝というやつです。私の親父を彷彿とさせますよ。その息子が高校時代、ペロペロに酔っ払って帰ってきて玄関の前で寝込んでしまった。それを見つけた妻が聞いたんですよ。「なぜ家の中に入らなかったのか?」と。そうしたら「夜中に酔っ払って家に入ったらオヤジにボコボコにされてしまう。それを考えると怖くて−」(笑)。

宮崎 梁さん、それ、隔世遺伝じゃないですよ。一代一代、ちゃんと〃凄み”は受け継がれています(笑)。

梁 そうかなあ?(笑)でも、正面切ってドッキ合いをしたら負けますよ。相手は朝鮮高校の全国大会で優勝したボクサーですから。

宮崎 いや、絶対、そんな父親には勝てないですよ。ケンカの技術云々が問われているんじゃないですから。

 やっぱり、どっちの気迫が上回っているかが大事だね。

宮崎 うちの親父と僕が本気を出してやっていたら絶対殺されていたと思う。相手にはそれだけの覚悟があって、こちら側にはない。その差ですよ。


 そういう意味では、父親と子供のケンカなんて戦う前から勝負がついているんです。お亙いの間に、そんな圧倒的な距離がある関係が正しい親子やと思うんだけどね。

宮崎 友達みたいな親子関係なんて成り立たないんですよ。だって親子なんだから。友達じゃないんだから。

 そういえば、一こんなことがあったな。戦争中、私たちは大阪のド真ん中に住んでいそかいましたから疎開する必要があったんですよ。その時、親父は、ひとり息子である私だけを連れて疎開した。あとの女ども−自分の妻や娘1は置いていった。死のうが生きようが関係ないってね(笑)。

宮崎 なるほど。

 〃こいつが俺の骨を受け継いでいる唯一の存在だから”というのが理由なんですよ、親父の。

宮崎 そうですね。父親は息子のことを〃自分の体の一部である”と考えているところうむはありますよ。だから有無を言わせず一緒に〃持って”いくじ、逆にヤバイこともやらせたりする。僕も親父から「解体屋の談合でガタガタ言う奴を殴ってこい!」って言われたりしましたから(笑)。

 会話を通じて理解するといった関係じゃないことは確か。体の一部なんだから。

宮崎 ちょっと話を変えますが、自分の息子を金属パットで殴り殺した父親に最近、判決が下りましたよね。梁ええ。なんか優秀な人だったらしいですねえ。宮崎僕と同い年で、東大で共産党に入っていたんですよ。僕も早稲田の民青で墨れていたから、なんとなく知ってるけど、メチャメチャ頭いい奴だった。その彼が共産党系の出版社に入り、マジメな本を出し続けて、人権とか民主主義とかを旗印にして、僕から言わせれば、〃建前”で社会を泳ぎ切ろうとした。しかし、そ一の足を引っ張ったのは自分が手塩にかけて育てた息子であったと。皮肉な話ですよ。あの事件が象徴的に示しているのは、かつて僕らの世代の目指した〃進歩的”な家庭がもはや成り立たなくなっているということでしょう。

梁 日本の社会全体が高度経済成長の中で、その恩恵を受けてきたわけですよ。もちろん、それを推し進めてきたのは自民党政権で、それに反対する勢力だってあったんだが、その反対勢力だって豊かさの恩恵を受けてきたのは間違いない。それは悪いことではないが、新しいものを手にいれたら、必ず何か大切なものを失う宿命にあるということをみんな忘れている。それが問題なんです。

宮崎 犠牲なくして前へは進めないですからね。

 そう。じゃあ、豊かさを求めて突っ走った日本は何を犠牲にしてきたか?私は”身体性”だと思う。頭と直結して動き回ることのできる体ですよ。僕が『血と骨』を書こうと思った動機のひとつが、そうした社会へのアンチの気持ちですから。

宮崎 ”金俊平”のような親父って昔はいっぱいいたんです。日本人にだってウヨウヨいた。別に、そんなヒドイ親父がいいと言っているわけじゃないけど、年中、酒飲んで墨れているような人間がいなくなっていくのと比例して、家族の愛情なんかも希薄になっていったんですよ。

梁 そうそう。逆に、そんな親父を持つ子供たちは成長が早いもんなんだ。

宮崎 でも、こういうことを話していたり、『血と骨』とかを上梓したりすると、勘違いした保守派の奴が近づいてきませんか?「これぞ正しい。家族のあり方である」とか言いながら。


 まあ…。いますね。左右一問わず(笑)。

宮崎 なるほど。僕の書いた『突破者』を読んで、その中には戦後民主主義を批判した部分があるから「仲間だ」と思って寄ってくるアホがいるんですよ(笑)。

 ああ。政治的に動いている人ってコロコロ立場を変えるでしょう。だから、あまり信用していない。

宮崎 あんまりどころか僕は全然、信用していない(笑)。”昔のような家族の形態に戻りたい”という郷愁を抱く気持ちはわかりますが、時代というのは絶対に元に戻らないんです。必ず違う展開になっていくもので、単に元に戻せばいいということではない。それをわかっていながら回顧主義的なことを言い出すのは臭いと感じるんです。


だいたい『血と骨』を読んでみればわかるけど、〃金俊平〃は期待されるような父親像ではな。いですよ。あんな人が今いたら大変ですよ。それをわからずに、都合のいい部分だけを見て〃父権の復活”だと騒ぐんだからバカこの上ない。でも政治的な人間のやり方って、いつもそうなんですよ。


 あの主人公は国家とか祖国とか、いわゆるイデオロギーとは関係ない。彼の信頼でおのれきるのは己の肉体と暴力だけですから一

宮崎 梁さんって、お母さんのこと、とても好きだったでしょう?

 そうやねえ オヤジの対極にいるのがおふくろでしたから。

宮崎 『血と骨』っていうのは、実はお母さんのことを書きたかったのではないかと僕は思っているんですけど。

 ある意味でそうですね。−やっぱり、おふくろというのは暖かかったですね。

宮崎 あまり言いたくないん“ですけど、酒鬼薔薇事件の時、加害者のお母きんがインタビューに答えていたのを読んだんです。それによると、「私も被害者である」と言ったらしいのですよ。

 そういうことを言ってはいけませんね。

宮崎 うん。そんなこと言ったら子供は帰る場所がなくなるんじゃないですか。例えば、僕の母親がその立場だったら警察署の前に来て「うちの子供に限ってそんなことあるか!おまえらみんな間違っている」と叫んで、逆に袋叩きに遭ってくれると思うんですよ。

 それが本当の母親の姿だと思いますよ。

宮崎 母親はそういう存在でいてほしいです。一方、父親はというと、僕は”救急車”のような存在であるべきだと思う。

梁 救急車?

宮崎 ここ一番、子供が生まれて初めて経験する瀬戸際に立った時に現れればいいと思うんですよ。先程、話に出てきたように、やはり子供、特に息子は体の一部ですから、その一部が損なわれそうな時、どう守れるか。が重要でしょう。多分、そんな時に出る言葉というのは母親がびっくりするような乱暴な意見かも知れないけど、それはそれでいいと思うんです。

 まさしくそうだと思いま,すね。子供が誰にも助けを求められない時に、最後は父親が出でいって受けて立つというのは大切なことだと思う。常に父親がそういう覚悟をきっちり持っていて、それが子供に伝わっていればあまり問題はないと思います。

宮崎 やっぱり、「うちの父ちゃん、ヤバくなったら逃げるんと違うか」と子供に疑われるのが一番寂しいことだと思いますよ(笑)。

--今日ほ、長い時間、ありがとうございました。