問題実話 98/12

突破者としての21世紀
「土壇場の経済学」を書いたのは、私の身内や友人が借金・のために自殺するということが相次いだために、「銭のために死ぬな」ということを言いたいがためであった。
「銭」というものを考えていくと、1970年代に入ってアメリカが金本位制をやめたため、「貨幣」はお金てなくなり、「紙幣」は文字どおり「紙」となってしまった。
1ドル紙幣を発行している国があれば、それはいつでも「金」と交換しますよ、というのが金本位制の時代であったが、それをやめたために、いろいろな約束をしなくてはいけなくなった。一方、国際的な流れとしてほ、ドルが世界を制覇していくということがあった。
たとえぱ土地を買うにしても株を買うにしても、それまではお金でもって買っていたわけだが、金本位制をやめることによって、お金そのものが投機の対象になる、という時代に突入した。つまり経済が総博打化していったわけだ。
「物を作って、物を運んで、物を売って、あるいはサービスをして」という、目に見えるものを実体経済とするならば、ヘッジファンド(投資信託)とか、あるいはデリバティブ(金融派生商品)に関わるファンドで動いている金、つまり投機的に動いている金というのは、実体経済の20倍もある。その20倍の金が、いまは実体経済の中に入りこんできている。
たとえば業績のいい、先行きのいいと思われる会社の株を買うとか、M&A(合併と買収)を進めるとか、20倍もの博打場の金が実体経済の中に流れこんできている。実体経済が博打場の状況に大きな影響を受けている、ということになっている。これが今までの不況と今回の不況とては決定的に異なる点だ。
一時、150円近くまて円安にふれたのが、いまは1時間に1円上がっていくという様相を呈している。しかしこれは日本経済が非常に力強くなって好景気だから「円」が高くなっているわけではなく、ドルとの相対的な関係の中で、ドルを買うより円を買う方が相対的にましかもしれないという消極的な選択肢でしかない。つまり絶対的な評価というこどではない。
相対的な、他との比較の中でしか経済を見なくてはならない、ということは、まさしく博打場といえるわけだ。あいつが調子がいいからそれにのって買う、しかし果たして本当に調子がいいのかな、ということがあるわけで、そういう感覚でもって経済が博打場的な流れを呈している。
バブルの後遺症が不良債権ということで言われているが、バブルということ自体が投機的な金の流れであって、その結果として博打て負けてしまった、ということにすぎない。−従っていまの世界的な不況というのほ、本質的にいままでとは全く違ったものが噴出している、それが現在の状況といえるのだ。
昨年来、アメリカの経済の好況が伝えられているが、以前から私が言っているように、アメリカはまさにバブルそのものといえる。アメリカては個人投資家の参茄が庄倒的で、マイノリティーを除いたほとんどの人が株式投資に熟中している。子供とマイノリティーを除けば、アメリカの人口のほとんどということになる。
それは1億総不動産屋化したバプルの日本の時とよく似た現象といっていい。ただし日本と違うことは、アメリカが世界最大の債務国、つまり借金大国であるということである。アメリカの国債は世界中にばらまかれ、その金でアメリカほ博打をやっている。世界中からかき集めた金を元手にして博打をやっているわけだ。いってみれば、サラ金で金を借りて、競馬をやってい」るようなものである。
ところが日本は世界最大の債権国である。今回の世界的な不況というのは、まさにアメリカの間題なわけだ。アメリカのバブルは必ず弾ける。弾けた場合は、さらなる借金を抱えこむことになる。すると当然のことながら、借金は返せない状況となるわけで、その状況を打ち破るために、手荒いことが行われることになる。
それはひとつには、円・ドルのレートを政治的に変えてしまうということである。日本は不況なのだが、この不況を辛うじて支えているのが輸出による黒字なわけで、対米輪出黒字はU力月に及んでいる。その金が入ってくることによって日本経済の下支えがされているわけだが、円が高くなれば輪出が打撃を受け、日本の最後の防波堤が突破されることになる。
クリントンが円高に関して、自然な形を反映していると容認したが、一国の大統領が通貨レートについて発言するということは異例なわけで、これを見てもアメリカのバプル崩壊が相当な勢いで進行し始めているといってよい。
今回の不況の特徴は、博打の経済がパンクするという構造になっているということと、もうひとつ、発信源がアメリカてあるということである。発信源がアメリカであるということは、これは「世界恐慌」そのものである。恐慌のメルクマール(指標)というのほ、「株安」「失業率の拡大」「倒産会社が増えること」「銀行の取りつけ騒ぎが起こること」などあるが、日本の経済状況はいますぺて満たしているといえる。
金融再生法案ができて60兆円をぶちこむことによって銀行の破綻だけは防ぐといっているが、結局それは税金であり、国民負担なわけだ。しかもそれはいつまで払い続けるのかということが先送りになっている。日本の方がアメリカよりも先送りになるということで円高になっているわけで、ということはアメリカはもう先送りにはできない、破綻が早い、ということになる。
これまでの恐慌というのは、資本主義による生産が活発になってモノがあまり始めることによって起こった。生産力が上がってきてモノはたくさんできる、そういった恐慌はモノを壊せばいいわけで、そこから戦争が起こっていった。
しかし今回の不況はモノがたくさんあって起こっているわけてはなく、従って「戦争」という手段もとれない。戦後50年以上たって、世界的な金融・経済のシステムそのものが破綻し始めてきた、そういう段階にきているということだろう。
日本という個別の状況に考えを進めれば、当然リストラという名のもとにクビ切りが進行し、給与水準の高い中高年が狙い撃ちされていくことだろう。雇用形態としては、「年功序列」「終身雇用」が終焉することになる。国家予算の何倍かを不良債権の処理にぷちこむためには、国家予算が緊縮化する可能性が強い。それにつれてあらゆる面で軒並み緊縮化していき、刑務所の飯の質が落ちていく、ということになる。
学生の就職率が60パーセント台になって、40パーセントの人が1年間に失業すれば、5年あわせれば200パーセント、つまり大学生の人口と同じくらいの人が5年間で失業することになる。そうなると、どうしても金にまつわる犯罪が起きることになる。
和歌山の「毒入りカレー事件」に端を発した林健治・真須美容疑者夫婦の保険金詐欺疑惑にしても、金の出やすいところから合法・非合法を間わず、金をむしり取るというやり方が非常に多くなるだろうし、「20才台・無職・青年」という犯罪予備軍の年代層の就職が難しいので、そのあたりのアナーキーな犯罪も増えるだろうし、中高年が再就職できなくての、せこい犯罪も生まれてくる可能性がある。
出口というのがもはや見えないわけで、唯一可能性があったとしたら橋本内閣がやろうとしたアジア通貨基金だろうが、これもアメリカに潰され、日本の唯一出口としてあったアジアも塞がれてしまった。
最終的には日本はアメリカにつくかアジアにつくかという選択が、加速度的に迫られていくことになるだろう。いままではアメリカについて、防衛とか資金とか資源とかといった2重3重のおこぼれにありついて日本は生きてきたが、それ自体が問われるという状況になっている。アメリカから〃離陸〃するのだと考える人が多くなってはいるが、かといって反米感情が急速に盛り上がるというわけでもない。政治的経済的に日本は野たれ死んでいくという、非常に深刻な状態にさしかかっていると思う。
「土壇場の経済学」では、そのような状況での「心構え」を中心に書いている。生活が縮小していくことには、誰てもかなり抵抗感はあるだろうが、そのことに左右されてはいけない、見栄を張らないで生きていかねばならない。見栄を張らないということであれぱ、借金を踏み倒してもいいのてはないか。
借金を踏み倒して受けるダメージというのは、信用がなくなるとか、女房・親戚から何か言われるとか、格好が悪いとか、つまり踏み倒すことによって受けるリスクは少ない。岸部四郎が1億2千万円の年取がありながら5憶円の借金で自己破産したが、サラ金や高利の金貧しが10件こようが20件こようが、オレだったら20分で話をつけられる。
相手は金を回収したいわけだから、自己破産されたくないに決まっている。自己破産したら1億2千万円も入ってくることを捨てるということなのだから、岸部四郎はまさに〃ガキの選択〃をしたというしかないね。
資本主義のすごいところは、「欲望先取りの決済先送り」というシステムを確立したことにある。
たとえば3千万円のマンションを買ったら、桔局、払い終わる時には6千万円のものを買わされていることになる。住宅ローンというのは、金融機関が一番楽して儲けているということである。作ったやつ、売ったやつというのは、それぞれコストがかかっているが、金融機関というのはリスクしかかかっていない。
そもそも「日本人の住宅願望」というのは、実は作られたものにすぎないのだ。
若い人がフランスにワールドカップを観戦に行ったのも、消費をあおられて、消費行動にかりたてられたものにすぎない。消費行動というのは、欲望の先取りをさせてくれる。しかし決済は倍になって後で出ていく、こういう構造の中に日本人はず−っと組みこまれてきた。その虚構を見抜かなければならない。
いま元気がいいのはディスカウントショップとかいった現金で成り立っている商売である。それが進めば「欲望先取りの決済先送り」というシステムが壊れていくことになる。これが壊れることによって、日本の金融がさらにまた大きなダメージを受けるだろう。
「借金は財産だ」という考え方があったが、それほ経済が右肩上がりのときに成り立つ話であって、借金はやほり借金なわけだ。カードとか持って悩んでいる人は全部破産すればいいと思う。そこて無茶してパンクするやつがいたとしても、バブル的な天文学的な数宇にはなりえない。それは当たり前の数字というか、その人の活動量に基づく数字で倒産ということはありうるだろうが、たとえば長銀の子会社が2兆4千億円で倒産したとか、そんなことはありえないからね。
これから先は見栄を捨てないと生きられない、とオレは言いたい。〈第5回・了〉