|
「突破者」を読みました。むちゃくちゃに面白かった。一ページ一ページがめくるのがもったいないほどだった。すぐに続編も買ってしまった。
内容が面白いのはもちろんだが、読者を引き込む文章力がすごかった。
色々な小説を読みまくっている小生ですが、これほど面白い本は久しぶりだった。
まいった。全作品を探し出して読む覚悟である。はまってしまった。ちくしょうめ。数年に一回の巡り会いである。
私は精神科医。名前等は出さないでね。まあ、どっちでも良いけど。
横***
?ん
えらい喜んでもらえて、どうも..やけど...なんか、遅いでぇ(^o^)
あれ、書いて出版したん2年前やけどな。まあ、こう素直に感動されるとわしも、うれしいからええか。
*********************************************
こんにちわ。
きつね目組の皆さん、ツアーに参加させていただいた松田@ドイツです。
一週間遅れで昨日フランクフルトに帰りつき、ホームページに久々に
アクセスしてみると、大変なことになっているようですね。
宮崎−塩見絶縁ですか。
まあ、それはさておき、ツアーの印象を行けなかった人のためにも少し
記してみます。問題については、最後にちょこっとだけ。
バンコク旅行記
いやー、とにかく楽しかった。
タイは面白かったです。「タイははまる」という言葉がありますが、
すっかりはまってしまいました。また行きたい。いつかまた。
そんな思いを私に残してくれる国でした。
今回、ツアーに参加する前にはいろいろ迷いました。政治的な運動である
こととともに、こちらからはあまりに遠い。7時間くらいでいけるかと
甘くみてましたが、アリタリア航空でミラノまで1時間、乗り継ぎ2〜3時間、
さらにバンコクまでは10時間もかかってしまいました。ははは。
航空会社の関係上、乗客は欧米人が多かったですが、みんな死んでましたね。
こちらからタイに行く白人は、こういう死ぬ思いをしてたどりついているんですね。
安いですからね、タイは物価が。こちらの金持ちはマヨルカ島とかで、金使いまくって
クリスマス休みをすごすわけですね。タイに行っている外人は基本的には、
中以下のサラリーマン家族です。それが彼地では王侯気取りだったのには
少々笑いましたが。
タイ・・・すごい国ですね。
圧倒的な貧民層とひとにぎりの金持ちが共存する国、皇室につながる、支配層に
つてのある人だけがうまい汁をすって、若い頃からベンツやBMWを乗り回し、
その他庶民は食うや食わずで、日々の糧獲得にあくせくする国、外国人が本国人
よりも偉そうな顔をし、東京にも劣らないインテリジェント・ビルでふんぞり返り、
本国人がまるで外国人労働者のような立場に置かれている国・・・それでもタイは
魅力的な国であり、魅力ある国民でした。
欧州では、クリスマス前が海外旅行の一大シーズンのため、キップがほとんど
とれず、インターネットで怪しげなハンブルクの旅行会社で検索して、キップを
ゲットし、私が搭乗したのが、12日昼でした。イタリアにはなんということも
なく国内便の感覚で到着し、雪が降っていたフランクフルトから一気に明るい日差しに
囲まれたとき、ほう、これがイタリアかと思いました。ミラノ空港はそんなに
利用客も多くはないのですが、さすがに空港職員の服装はバレンチノ、ベルサーチと
いった感じでしゃれてました。ボンジュールノ、ミラノ!
その後のバンコクまでの10時間余は文字通り地獄でした。満席のため横になる
こともできず、白人のじじいと若いタイ人カップルの横で、腰痛と戦っていました。
5時間くらいで限界だと思ったのは覚えていますが、その後の記憶はありません。
どうやって耐えたんだろう。他の乗客も苦しそうでした。タコ部屋のタコ状態。
インド以遠が特にしんどかったな。タイがこんなに遠いとは・・
バンコク空港にやっとのことで着いた時、タコが出口に殺到したのは言うまでも
ありません。
さて、再び入国管理の長蛇の列に並ぶタコのみなさんたちとはここで分かれて、
私一人は「アジアン・ゲーム」窓口からさっそうと空港に降り立ちました。
リムジン・タクシーという名のぼったくりベンツで一路ホテルへ。
バンコクは高速道路が整備されていて、それなりに高層ビルの建ち並ぶ光景は
東京とそんなにも変わりません。その時はそう思いました。
なんといっても、やっぱりアジアです。街の風景や植物、気候、人々の所作も
どこか似通っています。半分ばかり「帰ってきた」という気がしました。
きつね目組一行が到着するまでは3日間あったので、その間は観光することに
しました。ホテルにチェックインしたその夜には、ラジャダムナンまでムエタイを
見に行きました。私は空手を以前やっていたので、キックボクシングとか
結構興味があるのです。ところが、このスタジアムのは、あんまり面白くありません
でした。設備はそれなりなのですが、活気がなく、もはや観光客相手の見せ物と
化している気がしました。腰痛のせいもあり、スタジアムの看板に隠れて寝転がって
いると、ムエタイ修業兼物売りの少年が「見ないのか」とばかりに何度も非難
がましく、売りにきました。一応国技ですからね。
泊まったホテルの周りには、コールガールを何人も店の前に座らせている
「喫茶店風」置き屋が7、8軒とありました。以前このページで、初日から女を
ひっぱりこんでいたやつがいたとありましたが、どうやってそんな素早く
できるのかと思いましたが、これならなるほどね。後から来たきつね目組も、
女買いには格別抵抗がない人も多い様子でした。
総じて、この国では外国人と女買いはセットのものと思われているようでした。
街を歩けば、欧米人とそれ風タイ人カップルは掃いて捨てるほどいますし、
日本料理店に行っても、60〜70歳くらいの日本人のじいさんが若いタイ人を
連れているのが、ごく「当たり前」の光景なのです。それはコールガールで
あったり、日本人相手のホステスだったりするのでしょうが、ここでは女を
買わない日本人、外国人こそ異常な存在なのでしょう。
さて、二日目はホテルの人に聞いて、Grand Palace 王宮見学へと行きました。
ホテルの前にいたタクシーで行くと、目的地、料金を交渉して乗ったにも
関わらず、全然違うところに連れていかれて、ここから舟に乗れと言われました。
当然高額です。この運転手とは散々喧嘩して当初のコースをたどらせましたが、
その分チップをはずんでやったせいで、その後は子分状態になり、どこへ行くにも
こいつを使いました。あとは多少チップをつけてやるだけで、ちゃんと行きました
し、喜んでました。(バンコクではメータータクシーでも目的地を言って、料金を
決めてから乗った方がいいです。そうでないと、メーターをあげようとして、
わざと渋滞コースに突入するのです。料金を適切に決めておいた上で、到着後
チップをはずむと喜ばれます)
華麗な王宮を見学した後、その日は有名な寺院を二三拝観しました。
そして、とある通りを歩いていると、軍関係の建物があり、そこに
歩哨が立っていました。よせばいいのに、私はそこにいた何人かの歩哨を
とある話題でからかったののですが、すると彼らの方からShootingはどうかと
尋ねてきました。射撃のことですね。別にそんなことに興味のなかった私は
「けっこう、けっこう」と断ったのですが、そのまま行き掛けてよく考えてみると、
鉄砲を撃つ機会なんてこの後ないかもしれないし、相手は軍隊なのだから、
本式の実戦仕様の銃に違いない、これはいいかもしれないと思い直して、もどって
尋ねてみました。言い値は2500バーツと高価なので、ねぎったつもりだった
のですが、結局はあんまり変わらない値段で撃たせて貰いました。
詳しい場所や様子は彼らに迷惑がかかると悪いので書けないのですが、
選べるのは、38口径リボルバー、9ミリオートマチック、45口径オートマチック
です。私は9ミリと45口径を12発づつ試しました。
はじめて9ミリを撃った時は、さすがにその衝撃におおっと思いましたが、
慣れるとバンバン撃ちたくなります。結構気に入りました。
当たらないとは聞いていましたが、9ミリで3発は真中にいったし、だいたい
まとまったので、はじめてにしてはうまいと言われて、いい気になりました。
45口径では一発しか真中に行きませんでしたが、衝撃は思ったほどではなかったし、
やはりまとまっていたので、筋がいいかなとほくそ笑みました。
しかし、的にあいたでっかい穴を見ると、こういうものを人様の体に開けるのは、
戦争でもない限り、よくないことという優等生的な感想も抱きました。
タクシーをひろい、それからルンピニー(もうひとつのムエタイ・スタジアム)に
向いましたが、なぜかその夜はやっていませんでした。そこまでのタクシー運転手は
以前3年間日本で働いていたそうで、少し日本語ができましたが、日本企業に
雇って貰えないか、いまは手取りで一日500バーツしか貰えない、苦しい、
苦しいよ、などという話を聞かされました。
次の日、15日に行ったルンピニーは圧巻でした。ラジャダムナンとは違い、
場所柄(貧民街に近い)もあって、タイの民衆の熱気で溢れていました。
冷房もない、掘ったて小屋に近いスタジアムでは、リング上のひざげり一つ一つに、
金を賭けている人々が大きな声でウィ! ウィ!と掛け声を合わせます。
リングサイドの白人観光客などは、その熱気に蹴押されています。
私はここで念願のムエタイ・スーツを買いました。タイ人にしては英語の
うまい美人のねえちゃんが、持ち合わせが8400バーツしかなかったので、
9000バーツのスーツを負けてくれました。ルンピニーからは、2時間ばかり
かけてホテルに歩いて帰りました。私はその後何度もこの道を歩いて帰りました。
そして、タイには歩行者用の信号というものがまるでなく、大きな道路でも
つっこんでくる車を避けながら、渡らなければならない国であることを知りました。
この夜は、いよいよきつね目組が到着する夜です。
どんな人達だろう、宮崎さんはどんな感じか、(私は宮崎さんがテレビに出るように
なった頃には日本にいなかったので、写真以外では知らないのです)
ホテルの玄関で待ち受けることにしました。明日の出発時間も訊かないといけないし、
一行が部屋に収まってから訪ねるのはまぬけだし、やっとホテルについたと安堵した
瞬間に、ぬっと出ていくのが効果的かつ礼儀としても叶っていると思ったのです。
0時前についた一行は思いの他、平均年齢が高そうでした。また雑誌や仕事関係の
人が多いのではという印象を受けました。少なくとも私(30半ば)より若い人は
いないのが、少し意外でした。(私は学生風が多いと思っていたのです。
ツアーを通しても、現役の学生運動家などが一人も関わっていなかったのは
とても不思議に思いました)
親分宮崎さんの第一印象は、体はごっついけど、喋り方は知識人風というか、
作家や大学の先生に近いと感じました。もちろん、それだけではないという
のも後には分かりましたが。
その夜は簡単な挨拶をしただけで、部屋に退がりました。明日からはいよいよ、
田中・児玉面会、つづいて公判です。しかし、これについては喜代美さんや、
その他の方の報告もあると思うので、ここでは割愛します。
ただし、若干公判について。公判自体はタイ語で行なわれるので、私らにはさっぱり
分からないのですが、児玉さんが日本人としてという気概でか、必ずしも充分では
ない日本語で証言することを選択されたので、その部分は分かりました。
ただ、ちょっと公判見学組のマナーは考え直す必要があると思いました。
仕事がらみで来ている人が写真を撮ったり忙しいのはある面仕方がないのですが、
あまりに出たり入ったりする人が多過ぎるし、一番これはちょっとと思ったのは、
法廷の前の廊下でタバコを吸うのですが、(私も吸いました)気がつくと、みんな
吸殻をそこにある植え木の鉢につっこんでいるのです。それが2つの鉢に40本も
50本もあるのです。取り除いておきましたが、その他も公判マナーについては
考える余地ありと感じました。
記者会見では、喜代美さんの弁舌が際だちました。
本人にも、「スピーチがお上手で、びっくりしました」と申し上げたんですが、
私、いまでも喜代美エージェント説を捨てていません。誰も賛成してくれない
のですが・・(~o~)
さて、こうして公判応援活動は終了しました。
あと、しばらくバンコクに残っている人も若干はいらっしゃったようですが、
大半の方は、翌日金曜日に日本へと帰国してしまいました。
ところが、私はこれからが本番だったのです。
報道にもあるとおり、公判当日にアメリカがイラクを攻撃し、中東で戦火が
広がりました。(これについては一水会からみで鈴木邦男さんにも若干訊いたの
ですが、私の得体が知れないためか余りお話は聞けませんでした)
旅行記の最初にも記したように、来る時にずいぶん苦労したので、あのイタリア経由
10時間座りっぱなしに再挑戦するつもりには到底なれなかったので、私はできれば
帰りは、中東あたりで一泊して帰るつもりだったのです。ところが戦火です。
むつかしくなりました。しかし、なお、これはいいチャンスだ、攻撃されているのは
イラクだが、イランの反応はどうだろう。この両国は過去に戦争しているとはいえ、
対アメリカ、イスラエルでは協調したり、いまいちよく分からない。よし、
イラン経由で帰ってみようと思いました。
現地の旅行代理店で尋ねると、切符を取ることは可能らしかったのですが、
ビザがいるかどうかがはっきりしないのです。トランジット扱いで2、3日
滞在できるかどうか。
土日を挟んで、月曜にイラン大使館に行って訊いてみることにしました。
当然あと何日かバンコクに宿泊しなければなりません。
うろうろしていると、同様の高橋さんといっしょになり、結局は塩見さんらが
泊まっていたアリストンホテルに泊まることになりました。
塩見さんらとは、その夜彼らが空港に立つまで3時間ほど話しました。
これからの何日間はほとんどすることもなかったせいか、名所を見るというより、
ルンピニー公園で寝っ転がったり、ただバンコク市内を歩き回るということ
しかしませんでした。12月はタイとしては比較的過ごし易い季節だそうですが、
それでも日中は太陽がかんかんと照り、湿度も相当ありますので、ぬるいサウナに
ずっと入ってる感じです。午後の公園で石のベンチの上で寝ていると、なんとも
言えず気持ちがいいです。だるく、一日が暮れていく、気がつくと私はルンピニー
公園で寝てしまっていました。もう夕方です。公園に集まる貧しいタイ人たちも
そろそろ家路につきます。私の顔も腕も少し日焼けしているようでした。
タイ人たちは総じて、とても大人しいです。ルンピニー・スタジアムでも国歌が
鳴ると、観客はもちろん切符係から物売りまで最敬礼でつっ立ち「敬意」を表します。
夕方6時の国王讃歌?のときも、毎日毎日一分程度ですが、通りのどこにいても、
起立しています。無視している人は見当たらないです。
貧しい人の娯楽は、公園で開かれる無料の劇やコンサートを見ることで、子どもの
つまらない劇を何時間でも飽きずに見ています。またコンサートでもいっしょに
歌うでもなく、踊るでもなく、ただぼうっとじっと観ています。
見ているといらいらするくらい大人しい感じがします。家柄だけでいい位置、たとえば
観光産業などに従事している人は、彼ら自身あまり英語力もないくせに、文句を
言わない日本人を小バカにする傾向がありますが、(欧米人には最敬礼、うるさい
韓国、台湾、香港人にも従順)こちらが本気でどなったりすると、一気に縮み上がって
しまうところがご愛敬です。彼らは、一方で誇り高いと聞きますし、ムエタイを
見てもけっして非戦闘的な民族ではないと思いますが、この一般的な大人しさの
ために、大部分の人が自国にあって外国人労働者のような地位に置かれても、
反抗できないのですかね。私が滞在した2週間で最も感じたのは、
やはりこの国にはクーデターが必要なのではということでした。
それによって倒されるのが、我々の側であっても。
月曜日の早朝ニュースでイラク攻撃が暫時終了したということを聞きました。
私は、では帰りに直接イラクに行ってみるかと思い、イラン大使館ではなく、
バンコクのイラク大使館に行ってみました。
しかし何と言っても、今朝まで戦争をしていた国です。
そうあっさり入れて貰えるかどうか危惧しましたが、案ずるよりは産むが易し、
ホテル前は避け、通りで拾ったタクシーで市郊外にある大使館に向かいました。
館の前には当然タイ警察がテントを張って常駐しています。
外国人がタクシーで乗り付けたのに驚いている彼らを尻目に、要塞のような
大使館のインターホンを押しました。
英語でなにやら返事がありました。私は「おはようございます。日本人です。
バグダットにこれから行きたいのですが、2、3日でビザが貰えるかお訊き
したいのです」という意味のことを言いました。
英語でまたなにやら返事があったあと、ガガーという音を立てて、2m×4mは
ある鉄の扉が開きました。車でも出てくるのかと思いましたが、どうも私のために
開いてくれたようです。歩哨でもいないのか、きょろきょろしてみましたが、誰も
いないので、一気に正面の大使館目指して30m程進みました。
ドアを開けると、ロビーのようなところに三人のイラク人が待ち構えていました。
第一印象が大事です。私は思いっきり大きな声で「グッドモーニング・サー!」と
言って、近付いていきました。真中のがどうも大使らしく、その両脇に眼付きの
鋭い一等書記官風と武官がいました。私は大使に向かって、もう一度ビザのことを
一気に言いました。すると、大使は英語が余り得意ではないのか、びっくりして
奥に引っ込んでしまいました。部屋の角にあるテレビを見ると、CNNが掛かって
いました。
どうやら、この3人は私のために出てきたのではなく、ロビーでCNNを
見ていたようでした。
後は、主に一等書記官と武官とが私の相手になりました。
で、印象なのですが、私はアラブ人というと、ドイツでのそれもあり、いい加減な
連中、だらしないという感じが強かったのですが、どうもイラク人は若干違って、
妙にりりしい感じがありました。大使は族長風だったし、書記官や武官は言葉数は
少ないもののの威厳があり、ドイツ人にも近い印象を受けました。
で、用件なのですが、どうもビザはことと次第によったら、くれるみたいなのです。
「一日、二日でくれるか」と無体を言っても、「見たいのはバクダットだけか」と
最初から駄目とは言わないのです。
ただし、私の素性についてはうるさかったです。ドイツに住んでいて、心理学を
研究していると言っても、「ヨルダンではないか、ヨルダンではないか」と
しつこいのです。日本赤軍と間違っているようです。年齢が大分違うはずですが。
あんまりしつこいので、「ジャーマニー、ドイッチュラント!」と言ったついでに、
「ハイル、ヒトラー」と手を挙げたら、「うっ」とイラク人が一気に引いて
しまいました。私はこいつら意外と西洋的な感覚しとるな、と思いました。
「ハイル、ヒトラー」のおかげで、今度は彼らは私を「危ない人」ではないかと
疑り始めたようでした。なんとかいう芸人がバグダットでふりチン踊りをやって
暴動寸前までいったこともあり、ひょっとしたらイラク人には、日本人は
何をやるか分からない連中というイメージがあるのかもしれません。
ただし、どうも今はバグダットへは飛行機は降りられないようです。
ここで、私がアンマンから陸路ででもと言えば、ビザは出たでしょうが、
腰痛のこともあり、陸路十何時間と言われてから、だったら止めるとも言いにくい
ので、ここらで引き下がることにしました。「そうか、今は無理か」というと、
「そうだ、今は無理だ」とイラク人も厄介払いができてうれしそうでした。
「サンキュー・サー」ともう一度言って、大使館を後にしました。
(余談ですが、国連機がバグダット着陸を拒否されたという後日の報道からも
分かるように、バグダット空港はあれだけの攻撃にもかかわらず、
「破壊されていなかった」のですね。このことの持つ意味はなんでしょう)
この後、私は引き続いてイラン大使館に行き、ビザなしで2、3日滞在できる方法を
確認した後、日本人の旅行代理店で水曜のドバイ経由テヘラン行きチケットを
購入したのですが、あえなく、空港でアラブ首長国連邦機に搭乗拒否されて
しまいました。
私だけではなく、韓国人などもひっぱり出されて、だめでした。
この時期、ややアメリカよりと思われるこの航空会社は相当厳しい、入国審査ばりの
搭乗手続きをやっていて、かなりの非アラブ人がはねられていたようです。
1時間ほど航空会社とやりあった後、仕方がなく、タクシーで再びバンコック
市内へと戻ったのですが、またあと何日かこのタイというなぜか懐かしい国に
留まれると思うと、うれしいと感じられてしまいました。そして、同時にあまり
長くこの国にいてはいけないとも思いました。タイはそれほどいわくいい難い魅力を
持っています。
なぜか懐かしい風景、暖かい気候、
大人しい国民、どこか天皇制を思わせる不思議な王室、
日本人よりはるかに豊かな上流層と、圧倒的多数の貧民、美しいタイ女性、
この国に住み着いている日本美人(ドイツには皆無)、日本国内と変わらない
日本料理のレベル、安い物価、常にただようクーデターの影・・・
戦前の日本を10倍極端にして描いたような絵でしょうか。
私は結局、金曜25日深夜のアラブ首長国連邦機、バンコック−ドバイ−
フランクフルトに乗りました。空港では、今度は反体制のイエメン人がドバイ経由の
搭乗拒否にあって途方に暮れていました。ドバイで一泊し、街も見ましたが、
それほど面白いところではありませんでした。
やはり、今も忘れ難く思うのは、ルンピニー公園の石のベンチで
何度かくったりと昼寝していたことと、ムエタイの熱気、そして、タイや
カンボジアの格好のよい女性、性悪だが人なつこいタクシー運転手たち、
そう、タイ人はいろいろな矛盾を抱えながらも、大人しく、基本的にひとなつこい
のです。
できればもう一度、クイーンズ公園やルンピニー公園で寝転がり、ムエタイを
見て、タイの日本料理を食べたいと思います。
この次はタイ語でも少しは覚えて行きましょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
で、最初の絶縁問題ですが、感想でも書こうかと思ったのですが、やはり
ケンカは当事者同士でやってもらいましょう。ただ、ここまでやる以上は、
私としては両派ともに政治的背景の匂いがあるような気がします。
ま、一度徹底的にやりあえばよいのではと思います。
では、どうもありがとうございました。
松田 matsuda@gmx.de
****************************************
楽しんでもらえたようでよかった。塩見のことなんかどうでもよろしい。キミが楽しいというのがツアーの目的なのだから。さらに、法廷外のマナーについては、鋭い指摘をありがとう。大体、市民運動かとかサヨクはこういうところがあるのやが、、タバコの灰皿を今度、持っていくことを、タバコのみには義務づけよう。
なんやったら、「キツネ目バッチつき携帯灰皿」の購入を義務づけるか(^o^)。
(宮崎学)
宮崎 学 様
先日は、大阪の忘年会にてお会いすることができて、
とても嬉しかったです。
楽しい会中、私どもの相談にのって頂きまして
どうもありがとうございました。
自分でも騙されているのかどうかわからないように
うまくうまく持って行かれてるなと、本当に今になって情けなく思います。
自分の中にこんなにもいろいろな隙があったのかと思って
その方がショックな気がします。
騙すほうは本当に百戦錬磨。。。どこまで人間の隙を知り尽くしてるのかと恐ろしく
もあります。でも、負けたくないので、
宮崎さんのおっしゃった様に、まずは相手に気づかれないように、
相手を敵と思って頑張ってみます。
負けそうになったらHPや本を読み返して勇気を頂きたいと
思っています。そしてまたメールをします。
思いきってパソコンを買ってよかった(0^^0)!
どうもありがとうございました。
玉田 眞千子
はじめておうたひとやね。
だます方はプロで、ダマされるのはシロウト、ゆうのはそのとおりやけど、さらにいうと、ダマされたがっとるのもおおい。精神の家畜化や。男のほうがおしなべてあかんな。家畜小屋からでるのは、大変やけど、一生のこっちゃから出た方が最終的にはラクになる。
寅姐はじめそうそうたる女性グンがおるから、こまったら相談したらええが。(宮崎学)
|